Where is the Motivation?
古橋宙征 モチベーションの旅

意図しない状態こそ、モチベーションの常態【前編】

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Guest

ウェルブレイド株式会社 代表取締役 高尾 恭平さん

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M3-1. ウェルブレイドの取り組み

 

キャリアラボ 古橋:この企画では、起業家の皆さまの取り組みやエピソードを、「モチベーション」をキーワードにお伺いしています。進行としては、テーマをダイレクトに聞くのではなくて、まず現在の活動、次いでバイオグラフィを追う感じでモチベーションの上がり下がりなどをお聞きしながら、最後に私の方から、改めてモチベーションについてお伺いしたいと考えています。

 

ウェルブレイド 高尾さん:はい、承知しました。ところでこんなフランクな格好で来ましたけど、大丈夫ですか?

 

古橋:大丈夫です。高橋名人(※)のお友達の高尾さんですから、大丈夫です。

 

高尾:業界的になんとなくこういう感じということで、ご容赦ください(笑)。

 

古橋:まずは、現在の取り組みからお聞かせいただけますでしょうか。

 

高尾:去年(2015年)の11月に、ウェルブレイドという会社を立ち上げました。ゲームの世界では、Good play! とか、Good game! あるいはGG! と言って相手を褒めるんですけど、その中にWell Blade!(よくやった!)という頻繁に使われる表現があって、これが社名の由来です。

 

本当にいいプレイにもWell bladeを送るし、自分が勝った時にも挑発的に「よくやったね」的に送ったり、結構、深い言葉だなと。この感情をもっと皆に知って欲しいという思いを込めています。

 

会社の目的ですが、ゲームというものは、もっとみんなが熱狂できるものだと、僕は信じていて。それがまだ文化的に低い位置にあり、昇華されていない。そこに照明を当てたり、市民権を得たりしていくためのビジネスをやりたいと思っています。

 

(※)ファミリーコンピュータ全盛期に、ゲーム名人として子供たちの人気を一身に集めた。現・コナミデジタルエンタテインメント所属。「ゲームは1日1時間」。

 

 

M3-2. ゲームの魅力を包括的に伝える

 

高尾:僕らの強みは、ゲームに詳しい人材が集まっているところです。その力でゲームの、 —後ほどご説明するe-Sportsという言葉に置き換えますとー e-Sportsのプロモーションを、支援させていただく。あるいは「こういうゲームなんだけど、どうすればユーザに伝わるだろう」とご相談いただければ、何らかの競技性があるものなら、企画からイベント、配信等、ワンストップでお任せいただけると思っています。

 

古橋:会社の構成はどんな感じなんですか?

 

高尾:5名でやっています。僕がCEO・副社長で、ゲームセンターで出会った、谷田という人物が社長。谷田はもともと格闘ゲームのグループを趣味で作っていて、そこにはセミプロぐらいのレベルの選手が10名くらいいます。彼らの出演番組をもう4年くらい、週1で生配信しているので、スタジオもあるし、ゲストの呼び方や演出・配信の方法論など、ノウハウが蓄積されているんです。

 

 

M3-3. 世界最速『ストリートファイターV』大会の開催

 

高尾:そこで私たちのビジネスの一例なんですが…今月(2016年2月)の18日に『ストリートファイターV』が出るんですよ。

 

古橋:おお、それはビッグイベントですね、高尾さんにとって。

 

高尾:はい(笑)。もちろん世間的にも「ついに来たか!」という。それでカプコンさんとも、公式契約で色々取り組ませていただいています。ゲームって発売前の2〜3日間に、オンライン上でβテストをやることがあるんですよ。その期間だけは対戦できる。「そこで大会をやったら面白くないですか」とご提案して。去年(2015年)の12月に、ウェルブレイド主催で、世界最速のストリートファイターV大会を行って、大きな反響をいただきました。

 

そう言った感じで、イベントの企画や集客、エントリー募集、Webサイト作成、会場を押さえて設営するまで丸々全部やります、さらにニコニコ動画などで配信しますというのが、最たる例です。これはビッグタイトルですけれども、PCのゲームでも、スマホのゲームでもいいですし、包括的にも部分的にも様々なことができますということを、皆さんにお伝えしているところです。

 

 

M3-4. ゲームとは、何だろうか?

 

古橋:なるほど、大変興味深い取り組みです。高尾さんにとって、ゲームとはどういうものなんですか?

 

高尾:うわー、すごい。深すぎてそんな…難しいですよね。僕もわからないです。コンピュータ相手のものなら、一つは暇つぶし。そして乗り越える達成感。その先に何があるかというと、人と競って、自分の方が強いかどうかとか、それを認められたいとか…だんだんソーシャルゲーム、そしてs-Sportsの世界に近づいてくるんですけど。

 

ゲームというものを突き詰めていくと、人間が作ったものなんだけど、人間がプレイする以上、そこにドラマが生まれて、感動することができる。僕はそこだと思っているんです。その一連の流れがもう発生しているんですけど、それが伝わらない。認知させる力がまだないんですね。

 

凄いスーパープレイをしている人たちを、僕は「イチロー」と思っています。ゲームの世界にもイチローが沢山いるのに、彼らは苦しい生活をしたりしている。でも「感動」が認められれば、いずれ花開く時代がくると思っていて。その環境を整えたいですね。その人たちに仕事が回るように企画を作るとか。

 

古橋:高尾さんをそういう風に駆り立てるモチベーションというのは…

 

高尾:2014年に、ラスヴェガスで行われたゲームの世界大会に行ったんです。その時の体験が大きくて。みんな泣いてるんですよ、ゲームの試合で感動して。僕も、隣のよくわからないアメリカ人と抱き合っちゃったりして。そういう世界があるんですね。

 

サッカー好きな人がスタジアムに行って、声枯れるまで応援して、っていうのはみんな知ってるじゃないですか。もうそのレベルにまで来てるというのは、肌感で実感しました。ならばビジネス的には先手を打っておきたいし、僕個人も、そこが好きだからこそ盛り上げたいと考えた結果、今に至ります。

 

古橋:でも、例えば野球なら一億円プレイヤーが沢山いるのに対して、サッカーはいないわけですよね。そこにはスポンサーや観客の存在がなければいけない、ということになるんでしょうか?

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M3-5. プロゲーマーと、そのキャリアプラン

 

高尾:そうです、そうです。鶏か卵かの話になってくるんですよ。それで1つ、答えだと思っているのは、いわゆるプロゲーマーと呼ばれる人たちのキャリアプランを、ちゃんと出してあげたい。

 

最近気づいたんですけど、高校球児って、発言や態度がいやにしっかりしてるんですよ。普通の高校生なのに。あれは気分が律されているんじゃないか。スポーツの厳しさに加えて、プロになり、沢山お金をもらい、アナウンサーと結婚して…みたいな、キャリアプランが見えていますから。

 

これ、実はむちゃくちゃ重要だと思っていて。だったらプロゲーマーがもっとチヤホヤされるべきだし、儲かって幸せな結婚ができるんだって認知されないと、始まるものも始まらない。だから今、自社の選手たちには、太るなとか(笑)身なりに気をつけようって言ってますし、『nonno』とかで「今、イケメンゲーマーが熱い!」とかやって欲しいんですよ。まあ、例えですけど(笑)。側面から変えていく、外野から盛り上げるっていう。

 

古橋:ゲームというのは基本的にユーザが「払う」側ですよね。そこで「稼ぐ」方法というのは、どんなものが…?

 

高尾:ゴルフやテニスに近いんですけど、まず、大会の賞金。大きいものだと「億」とか、先日の格闘ゲームでも4千万とか。勝てば全然イケますというのが一つです。あとはスポンサー。コントローラーやマウスを作っているメーカーがバシッとロゴを入れて。何々所属、みたいな感じで…

 

古橋:そこはスポーツと一緒ですね。

 

高尾:そうです。それからちょっと有名になってくると、ゲームで勝っているメンタリティを教えてくれということで、講演やイベントへの出演、連載、本の執筆といった収入がある選手がいます。その3つでしょうか。

 

古橋:中継による課金モデルはないんですか?TV局が放映権を買うとか。スポーツだと大きいですよね。

 

高尾:視聴者がお金を払ってファイトマネーになるというのは、今のところないですね。大会参加費がプールされて賞金になるっていうモデルはあるんですが。現状、配信は無料です。基本的にゲームは「大元を作っている」人が存在しているビジネスなんですよ。

 

例えばボクシングは誰が作ったものでもなくて、そこにビジネスが発生していく。でもゲームの場合は、それを作っている人たちの利益を最大化するという目的で動くので、配信料を取って還元する必要がないんですね。むしろみんなに見てもらって、このゲーム楽しいよ、と思ってもらうのが一番です。この辺りがちょっと難しいところですね。

 

 

M3-6. ゲームが生む「感動」や「ドラマ」に取り組む

 

古橋:お話を伺っていると、同じ「ゲーム」でも、色々な意味がありますね。ソーシャルゲームのゲームと、テニスやサッカーのゲームは、実は違う。高尾さんは後者の意味で「ゲーム」を使っていますよね?

 

高尾:そうです。野球好きの彼氏が彼女を誘ったら、彼女がハマりました。別れても、野球を好きでい続けました…みたいな話があるじゃないですか。あれ、ズルイなと思っていて。もっとゲームでもそういうドラマがですね、自然発生してしかるべきだと(笑)。

 

古橋:最近は、ゲームが「体験を共有する」というイベントになってきた感覚もあります。今のゲームシーンを、高尾さんはどのように捉えていらっしゃいますか?

 

高尾:うわー、それも難しい問題ですね。話が広がりすぎて、哲学的になっちゃうかもしれない。僕の専門領域だけで話すと、行き着く先は、やはり「感動」や「ドラマ」。それを求める流れが来ているんじゃないかと。

 

なぜそう思うのかというと、僕が5年くらい関わったソーシャルゲーム業界は“pay to win”、つまりお金を払えば勝てる世界なんですよ。それだけ聞くと賛否が分かれちゃうんですが、僕はいいモデルだなと考えていて。

 

格闘ゲームの世界では、弱い人は全く勝てない。虐げられていくんですね。そんな中、ある程度お金を払ったり、時間を買うことで、人より強くなれる、勝てると言う世界ができた。ある人達にとっては「こんな機能待ってました」とか「ゲームで勝つってこんなに気持ちいいんだ」という実感になったわけです。

 

ただ、そういうゲームが乱立してくると、じゃあまた新しいゲームでお金を使って強くなるの?っていうことになってくる。すると「やり込めば勝てる」「使った時間を裏切らない」ゲームが出てくるだろうと。深く考えて色々試した方が勝てるような、お金じゃない世界がまた流行ってくる。そこにベットするなら今だということで、この会社を立ち上げたということはあります。僕が小学生の時に『ストIIブーム』があったように、そこにまた回ってくるのかなと。

 

古橋:「小学生の時以来、ずっと集中力がない」という自己評価をお聞きしています。でも、ゲームはやり込まれていたわけですよね。集中力とモチベーションには密接な関係もあるのでお聞きしたいんですが、高尾さんはどういった目的でゲームをやってらっしゃったんですか?

 

高尾:そうですねえ…自分の中では、ずっと繋がっているんですけど。まず前提として、子供の頃、理由はわからないけどゲームがうまかったんですよ。コンピュータの動きを読む。製作者の意図を読む。格闘系でもマリオでも、なんでもうまかった。その得意なことを、人にぶつけたかったんです。承認欲求を満たしてくれるのがゲームで、いいカッコしたいという原動力が、集中力になってたんだなと思います。

 

 

M3-7. ゲームとの馴れ初め

 

古橋:そこで、今日に至るまでのバイオグラフィを、キャリアやモチベーションなどと絡めながら、順次お伺いしていきたいのですが。

 

高尾:愛知県の名古屋出身です。4つ上の兄貴や、年上の従兄弟が、ファミコンやってるのを見ていた記憶がうっすらありますね。僕の時代はスーパーファミコンになっていて、小学生低学年から、時間制限の目を盗んでは、怒られるまで延々やってました。いつだったか、ポケモンのアニメの画面のピカピカで病院に運ばれた子供さんがいたじゃないですか。あのずっと前に、自分はそれを発症していて…。

 

古橋:そんなに昔に。

 

高尾:ええ、あのニュースを見て「あれはあの時の自分か!」と。暗いところでずーっとゲームやっていて、親が来たら全身にブツブツができていて、病院に運ばれて…っていうのを覚えてます。それから、親が厳しくなったのかな。

 

古橋:怖いですね。

 

高尾:(笑)後は、小学生の頃、結構いじめられてて。より内向的にゲームと見つめ合うようになったというのが根底にあります。負のオーラが強かったかなあ。部活もやってなくて、学校終わったら真っ先に帰ってゲームをやる。ゲーセンに通う。親がピアノ教師なので嫌々ピアノをやっていたんですが、記憶はゲームとピアノだけ、というくらいゲームばかりやってました。

 

古橋:それほどハマったゲームの魅力というのは、どこにあったんでしょうか?

 

高尾:ゲームって達成欲求が組み込まれているので、そこにまんまとハマったのも大きかったかな?ゲーミフィケーションという言葉がある通り、人参があって、それが食べられると嬉しい。そうするともっと大きい人参が先にあって、アレも食べたい!って。大人になって始めた女性も、それでハマったりしますね。

 

あとは、優しく可視化してくれるのもいいなって。算数のドリルを10時間やったからどうだって、別にないじゃないですか。でも、ゲームはレベルが上がる。そうすると「たまに辛いのもいい」ってなってくるんですよ。今では、それを専門に設計する職人もいるくらいです。気持ちいいストレスの与え方、っていう。

 

古橋:そして中学生時代、性格的に変わったということをお聞きしています。

 

 

M3-8. 中学、高校。変わったこと・変わらないこと

 

高尾: 中3の時に、隠れているやつにも光を当てる、みんなを遊びの輪にどんどん入れるという、ヒーローみたいなクラスメイトがいたんです。彼の影響で、かなり性格が変わって。トラウマを解消するスキルがあった!こうやると人に好かれやすくて、ターゲットにならないんだ!みたいなパラダイムシフトがあったんですね。でも相変わらず部活はやってなくて、真っ先に家に帰ってゲームしてました(笑)。

 

それでもう1つ、ピアノの方。家庭環境的に、習うのが当たり前だと思ってたんですけど。あまりにも嫌いで、練習を全然やらなくて。個人レッスンの先生に、ある時パーンて叩かれたんですね。「なんで練習してこないの!」って。それでカチーンと来て「辞めます!」って。

 

そこから親に直談判して、高い月謝をピアノの練習に使うくらいなら、将来、ゲームを作る人になりたいからアビバに通わせてくれと。家にパソコンもなかったんですけど、1〜2年間くらいパソコン教室に通いました。

 

古橋:中学の時点でもう、今に繋がる話が…。

 

【後編】へ続く…

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意図しない状態こそ、モチベーションの常態【後編】

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Guest

ウェルブレイド株式会社 代表取締役 高尾 恭平さん

 

【前編】はこちら

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高尾:そうですね。そこで初めて、自分の意思で決めたと言うか。そこからはゲーム博士になって、誰かがゲームの事で行き詰まると、実家に電話がかかってきては「ここで進まないんだけど」っていうのに答えてあげて…。あー、話していたら、段々思い出してきました(笑)。

 

古橋:その転機が高校以降、今日にまで影響していると伺っています。

 

高尾:高校では知り合いがいなかったので、そのリーダーキャラを真似したんですよ。ワーワーかき乱して、気弱そうな子やオタクっぽい子も巻き込んで…それが今の自分に繋がってます。それと、高校時代はお弁当だったんですね。「面倒でしょ?」って母親に裏交渉を持ちかけて、日々500円もらって、メロンパン1個買って、あとはゲーセンに行く。っていうのを繰り返してました。

 

古橋:変わってない部分は、変わってないんですね(笑)。その当時は、将来のことなどは考えられていましたか?

 

 

M3-9. 現在の「種」になった大学時代

 

高尾:もう、恥ずかしいほどに考えてなくて。唯一「コンピュータとは何ぞや」という興味があって、情報学部が、トンネルの先の唯一の光だったんですよ。ただ、気づくのがいかんせん遅すぎて。色々と名古屋の大学を受けて、全部落ちた。でも親父が「とにかく大学はいけ」と。まだ二次試験がある大学を受けろということで、中京大学に受かって通うことになるんです。

 

古橋:その大学で学んだことが、また大きかったと。

 

高尾:ええ、色々と今に繋がるんですが。情報学部の中でも認知学科、要は心理学みたいな専攻だったんですけど、そこがドンピシャで楽しくて。2年生までには単位を全部取っちゃうくらい勉強にハマりました。

 

古橋:それが、後の「日本一のセールスプロモーション」の実績や、ひいてはゲーム作りに繋がるということでしょうか。

 

高尾:はい、はい。その前に、アビバで覚えた高速タイピングを活かして、いわゆる出会い系のサクラのバイトで稼いでいたんですが、これはブラックだなあと思って辞めて。次のバイトで、古橋さんという、非常に変わった人とお会いするんです(笑)。

 

古橋:当時、僕がセールスプロモーションの会社にいて、面接も担当していたんでよすね。もう13年前ですね。凄く個性的な人がやってきて。どんな仕事やってたんですかって聞いたら、出会い系のバイトが嫌になって、目も悪くなってきて、でも僕は稼ぎたいんです!と。その素直さを聞いて、はい、もう合格!って。

 

高尾:それで僕の面接なのに、古橋さんが自分の人生の話を延々と語り出したんです。凄い怪しい人だなって思いましたよ。今もですけど(笑)。

 

古橋:そうでしたか(笑)。

 

 

M3-10. 商材を日本一売り上げた「根拠のない自信」

 

高尾:不思議な会社だな、楽しそうだなと。でも研修という研修がなくて、突然「来週ヤマダ電気でmp3プレイヤー売る人になってきて」って言われて。いやー、アレは恨みましたね。

 

それで当日、売り場のおじさんに「大変申し訳ないんですけど、何にもわかんないですよ」って言ったら「大きな声で『いらっしゃいませ!』って言っときな。お客さん何か聞いてきたら声かけて」って。それで2、3台売れたんですよ。ああ、そういうもんなんだと。そこからは商材がなんでも大丈夫でした。

 

古橋:オリンパスのデジタルカメラを、全国一売ったんですよね。

 

高尾:そうそう。自分だけで売ると限界があるので、フロアの社員の方々を全員抱き込んで、「僕の売り上げは全部あなたが売ったことにしていいから、これ売ってきて」という作戦を展開して。気付いたらヤマダ電気岐阜店が、超絶にオリンパスを売る店になっていた。商品の説明はできてないのに。それも含めて「自分は売れる」という、根拠のない自信ができました。

 

古橋:その「根拠のない自信」は、どこから来ていたんでしょう?

 

高尾:実績ですかね。メーカーの方もヤマダ電機の方もいるのに、自分が一番売ったっていう。解明できていないけど、自分には何かあるぞっていう感じです。

 

結論は「運がいい」「ご縁に恵まれている」ということにしているんですが、僕のこれまでというのは常に、意図していないところから、次に繋がる。それが本当に、直近まで続いているなあと思っています。バイトも、就職もそうだし。唯一コンピュータ学校くらいかな、自分で決めたのは。後はその時その時で、いい方向に船を乗り換えながら。何にも賢いことを考えてやってきていないっていうのが、今後の不安なんですけど(笑)。

 

 

M3-11. IT業界に入ったら、ゲームを作ることに?

 

古橋:ということは、就職にも、運やご縁が働いたと。

 

高尾:まずですね、就職するという現実を知るのが遅くて。ようやく4年生になってやりたいことを考えたんですが、やはりゲームを作りたい。それでゲーム会社の新卒募集を片っ端から見たら、全っ部、終わってたんです。遅すぎて(笑)。

 

これは詰んだかなと思ったんですけど、ちょうどホリエモンの話題だとか、ITが騒がれ始めていたんです。それで「ITってコンピュータだし、ゲームっぽいよね」くらいの感じで、サイバーエージェントやグループ会社を幾つか受けて。ECナビに内定を頂いて、IT業界に入ったんです。

 

古橋:そのタイミングで、名古屋から上京されたんですよね。それはまたなぜでしょう?

 

高尾:理由は仕事じゃなくて、ゲームです。新しいゲームが出る時、ロケテストっていうのがあるんですよ。特定の場所でいち早く体験できる。その場所が東京にはあって、大阪にもあって、名古屋にはない。なんたることかと。それで真っ先に「東京の会社」ってセグメント切って。ECナビの社長面接では、古橋さんのところでのバイトの経験を散々吹かしながら「なんでも売ります!」って言ってたわけです(笑)。

 

古橋:それで就職が決まったと。バイトでなく、実際に社会で働いてみて、いかがでしたか?

 

高尾:どうだったかなあ…同僚が思った以上にガツガツしてて、焦りましたね。「俺は3年後には会社をやめて起業する」とかね。自分はそういうのが全くなかったですから。

 

ECナビでは最初の1〜2年は営業、3年目くらいに新規開拓ビジネスをやって、結果を出せて。そのタイミングで、ソーシャルゲームのプラットフォームがオープン化されたんです。それで「ウチでもゲームやる?」って話になって、「やりますやります!」って手をあげました。

 

 

M3-12. 見よう見まねのゲーム作り

 

高尾:「そういえば高尾、前々からゲームって言ってたね、やってみる?」って感じになりまして。いきなりゲーム作る人になったんですよ。なんの経験もなく。

 

古橋:いよいよゲーム作りに踏み出すと。ご縁といい、度胸といい、凄いですね。

 

高尾:もう「俺以外に誰がやるんだ!」くらいの勢いで言ってた気がしますね。いやー、作れるもんなんですね、何にもわかんないのに(笑)。

 

古橋:ずーっとゲームやってたからでしょうか?

 

高尾:どうなんでしょう。今でも僕、プログラムとか全然書けないですよ。とにかく見よう見まねで、企画書とか、仕様書とか、こういうもんなんだって書いて。ゲームができあがって、実際に世に出た。

 

それがですね、もう全っ然!売れなかったんですよ。ビックリするくらい。で、お前はもうダメだ、営業に戻りなさいという話になったので、「辞めます」と。

 

古橋:そこで前職に移られるんですね。

 

高尾:シンフォニーっていう会社で、現エニッシュの前身ですね。もう、超フランクな、ザ・ベンチャーみたいな感じだったので、うわー面白そうって。ここで晴れて、まあソーシャルゲームですけど、「ゲーム会社の人」になった。

 

古橋:何年くらい前ですか?

 

高尾:5〜6年前ですかね?2011年とか、それくらい。企画兼、チームをまとめるディレクター職で採用されて。元々あるゲームを運営したり、新しいゲームを、過去の反省を活かして幾つか作って、売り上げを出したりしていました。

 

当時、創業者が二人いらっしゃったんですが、なぜとても気に入って頂いて。何度となくお昼をご馳走になって、無茶ぶりも含めて仕事をどんどん振ってくれて。「あいつはノーと言わないから」みたいな感じで。

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M3-13.「ノー」と言わずに韓国へ

 

古橋:高尾さん、ノーって言わないですよね。

 

高尾:はい、今でもあまり言わないかもしれないです。それで1〜2年間は土日も全部働き、複数本のタイトルを見るようになっていって。企画部が出来たら、その部長をやらせてもらって。3年くらいソーシャルゲームを作ってましたね。

 

そこでソーシャルゲーム界隈が海外に目を向け出して、ウチも遅れをとるなということで、中国とタイと韓国に支社を作ったんですよ。それで僕、作ってたゲーム絡みでよく韓国に行ってたものですから、急に「韓国の社長やってよ」って言われて。ええーっ!?住むんですか?って(笑)。

 

古橋:でも、キャリアパス的に考えれば、マザーズに行って、東証二部に行って一部に行って、一部上場企業の韓国代表の社長ですから、凄いですよね。

 

高尾:言われてみれば、そうですね。それ自体はありがたき幸せなんですけど…住むんですよ?韓国語、全然しゃべれないし。でもその人を信じて付いてきたので、それもいい経験だろう、二度とないだろうと。

 

古橋:二つ返事で。

 

高尾:10秒くらいですよ。

 

古橋:早いですよね、いつも。絶対ノーと言わない。

 

高尾:早いんですよ。もうちょっと考えとけばよかったなとか思いますけど。それで代表やらせてもらうことになって、引越しして、日本の住所がなくなり、韓国で1年半。まあ、大変でした。

 

 

M3-14. モチベーションのダウンと、新しい目標

 

高尾:それがいざ、日本本社に帰ってみたら…全然違う会社というか。空気が違う。知っていた人たちも全然いなくなっている。韓国でさして成果を上げられなかったとはいえ、窓際族みたいにされて。この空気はなんだろう?みたいな。

 

それと併行して、起業の話とか、新しいことをやりたいねという話が盛り上がってきて。会社への熱が冷め、自分のやりたいことの熱が上がり、一番距離が離れたタイミングがありまして。その時に、糸がプツンと切れたように「辞めよう」と。そこからの、モチベーションの無さったらなかったです。

 

自分の「これをやろう」が見つかった時に、それに向かって少なからず前進はしているという実感がないと、途端にやる気がなくなるんですよ。少しでもそこに向けてステップを踏んでいれば「まあまあ、これも何かの役に立つかな」と思えるんですが。

 

古橋:それが去年のことですよね。

 

高尾:去年の末、2015年の11月あたりですね。ここまでは就職の時間軸で話していたんですけど、一旦、7年前ほど前に遡らせてください。

 

 

M3-15. 見知らぬ「対戦相手」から「起業仲間」へ

 

高尾:その頃『ストリートファイターIV』が出たんですよ。僕はそのゲームに、仕事以外の全ての時間を捧げていて。営業やってる頃は「よし、今日は一件成約とれたからゲーセン行ってやろう」みたいな感じで。10時〜13時は仕事、14時〜19時でゲーセン行って、会社戻って「1件取れました!」って言って、それからまたゲーセン行って…

 

古橋:本当に変わってないですね(笑)。

 

高尾:そこから繋がった友達って多いんですよ。毎日いると、同じく毎日いる奴がわかってくる。するとある瞬間に、一体感が生まれたりする。それでも1年くらいの間はしゃべらないんですね、不思議なことに。ゲームにはプレイヤーネームを保存できるので、「あ、またこいつか」「こいつか」という感じで、僕の中で因縁と言いますか、ドラマが生まれてくるんです。その人が出てくると「絶対倒す!」とか「今日は許さん!」みたいに勝手に自分の中で盛り上がってて。

 

それでたまたま、そういう人と二人だったことがあって、2〜30戦やり続けたんです。もう、お互い疲弊しまして。ボクサーが15ラウンド殴り合った時に抱き合う、みたいな感じで(笑)。その時初めて「いやー、うまいっすねえ」って話しかけるときの、その友情たるや…!そこから凄く仲良くなるっていう出会いが、幾つかあったんですね。その中の一人が、一緒に起業した谷田なんですよ。

 

古橋:おおー!

 

高尾:「何やってるの?」って話になって、あ、同業じゃん、ゲーム楽しいよねえ、って飲みに行ったりご飯食べたりして、「俺たちの好きなこの格闘ゲームでいつかお金が稼げるいいよね」って、半年に一度くらい情報交換していたんです。

 

それでようやく近年、「e-Sports」ってワードが出てきたりしたので、需要あるかもねって相談をして、二人とも会社を辞め、人を集めて、起業にいたったわけです。あ、そうだ。もう一個だけ挟んでいいですか?冒頭でちょっとお話しした、ゲームの世界大会での話なんですが。

 

古橋:ぜひ聞かせてください。

 

 

M3-16. 格闘ゲーム世界大会“Evolution”にて

 

高尾:さっき言った、殴り合った後に友情が生まれるって話の中で、また一人、渋谷で出会った奴がいて。一昨年(2014年)にラスヴェガスで開催された “Evolution Championship Series” というゲームの世界大会に一緒に行こうと。プロならともかく、素人で行くっていうのはあんまりないんですけど。

 

その経由地の、シアトル空港での話です。僕らは3時間待ちだったので、飛行機からゆっくり降りて入国審査に並んでたら、あと15分で次の便が出ちゃうって急いでる女性がいて。「どこ行くんですか?」「カナダです」「僕らゆっくりなんでお先にどうぞ」って。結局1組分しか譲れないわけですけど(笑)先に行ってもらって。

 

それで僕らも進んでったら、「やっぱり乗り遅れちゃいました、次の便になっちゃって」と。「そうなんですか、残念ですね」ってその場は別れたんですけど。でも僕、旅行ハイになってて、一夏の想い出を作りに行くかと思い立って、彼女を探しに行ったわけですよ、友達と。

 

でもですね、シアトル空港がめちゃくちゃデカイ。カナダ行きのターミナルまで電車に乗るんですよ。え?空港なのに?みたいな(笑)。いやでも行くでしょ、3時間もあるしって出かけて。1時間くらいかけて見つけたんです。

 

古橋:見つけたんですか!?

 

高尾:それでご飯食べて、連絡先交換して、その後にお付き合いすることになって。その4か月後にプロポーズして、先頃、結婚したんです。

 

古橋:…凄いですね!しかも、ゲームの世界大会に向かう途中のシアトル空港で。

 

高尾:はい、だから僕、ゲームのTシャツ着てて。キャリーバッグの中にゲームのコントローラーしか入ってなかったっていう(笑)。

 

だから、ゲームって凄いでしょ?って思います。僕自身は、そういうドラマというかストーリーに色々と恵まれているし、感謝もしているんですね。そういうゲームを作り出してくれた人たちに。

 

古橋:ここで繋がるわけですね。

 

高尾:そうそう(笑)。例えば、あるゲームがドラマを生み、感動を生み出す。この時点で僕はもうスポーツだなって思うんですけど、そういうところも踏まえてe-Sportsっていうジャンルをもっと盛り上げたら、幸せになる人がもっと一杯いるんじゃないかって、起業したもう一人と話しているんです。

 

古橋:なるほど。e-Sportsっていうのは、どこの国の発祥で、どんなものなんですか?

 

 

M3-17. e-Sports、そして犬飼さんとの出会い

 

高尾:諸説あって、正確なところはわからないんですけど。意外と海外では言われていないっていう説とか。僕は、韓国とアメリカが盛んじゃないかと思います。言葉としてバズってるのは日本かもしれない。「なんかこれ儲かるんじゃないの」って騒がれている感じ。

 

日本で最初に言葉を定義して使ったのは、犬飼博士(ひろし)という方で、e-Sportsプロデューサーという形で活動されていて、Wikipediaにも載っています。…あ、その方の話もしたいな。実に不思議なご縁があるんですよ。僕はその方と、ゲームを作っていない頃から知り合っているんです。

 

古橋:え!?高尾さん、本当にご縁に恵まれる方ですね。いつ頃のことですか?

 

高尾:社会人1〜2年目ですかね。まず、僕が高一の時、日永さんという教育実習生がいらっしゃって。当時一緒にゲーセンで遊んでくれたり、以来ずっとお付き合いが続いている、恩師のような方なんですけど。今はLAXという服屋の社長さんですが、その方が「お前はゲームの仕事をすると思ってた」と、ずっと言ってくださるんです。

 

その日永さんもまた、ゲームで殴り合った後に友情を培うタイプの人で、ゲーセンで犬飼さんとお知り合いになった。それでおそらく思うところあって、僕と引き合わせてくださったんです。僕がまだ社会人1年目の頃です。

 

犬飼さんからそこで「e-Sportsとはなんぞや」的なお話をいただいたんですけど。それこそ、e-Sportsという言葉が世に出る10年位も前なわけですよ。もう宇宙みたいな話で、全然わからない。そこで「自分はゲーム作りたいんです」って言ったら、「作っちゃえば良いんだよ」と言われたんですね。それが後押しになって「よくわかんないけど作ってみる」という原動力に繋がった。大きい影響を受けました。

 

犬飼さんが2年前に作られたのが『スポーツタイムマシン』です。50mくらいある機械を走ると、その姿が記録される。その記録は映像として映し出される。例えば「過去の自と競う」とか、「20年後に、子供がその父親と走る」とか。「動物と競う」とか。そういう、一風変わったことをされているんですね。

 

僕が出会った頃に犬飼さんが仰っていたe-Sportsの世界に、僕が起業してようやく近づいたかな?と思うと、犬養さんがもっとずっと先に行っている。日永さんは名古屋にいらっしゃって、東京に来るたびに連絡をくださる。そしてそもそも、僕がその高校でなければ、日永さんや犬飼さんとの出会いもなかったわけです。

 

(しばし無言)う〜ん、そうだ、やっぱりそうですね。古橋さんもそうですけど、気づけば色々な方に「気になっていただいて」、そのお陰で自分がうまく保てているところがあると、強く思います。ご縁のお話、もう一個いいですか?

 

古橋:うわ!

 

高尾:これもかなり凄い話で。

 

 

M3-18. 世界のiDragon(アイ・ドラゴン)が、実は…

 

高尾:『ハースストーン』という、いわばトレーディングゲームのPC/スマホ版があります。世界でもかなり流行っていて、格ゲーと並行してやるならこれだなと、ずーっとやりこんできたんです。幾つか有名サイトも立ち上がっているので、その人たちと仕事がしたくて、コンタクトを取ろうと思っていた。そして今年(2016年)の新年、メーカー主催の「ハースストーン新年会」に招待されたんですが…

 

会場で友達に「iDragon(アイ・ドラゴン)さんにはもう会った?」って聞かれて。その「iDragon」ていうハンドルネームの方は『ハースストーン』界の有名人で、僕は動向を追ってたんですよ。彼のメールマガジンは1万1,000人のプレイヤーが読む、モンスター級メディアです。味方に付けたいと思っていたその人に、友達が紹介してくれて。そしたら「あれ?どこかお会いしましたよね!?」って言われて。

 

確かに、会ったことがある。でもここ数年のレベルじゃないんですよ。で…ピーンと来て。あの、バイトしてた時の。ヤマダ電気岐阜店の社員の方だったんですよ。凄く仲が良くて、仕事帰りに二人でよくゲーセン行ってた方で(笑)。

 

それ思い出して、「うわ、ちょっと待って!」「岐阜…ですよね?」「マジで?」「そんなことあるの!?」ってもう、二人でバカ笑いして。一気に距離が縮まって。一緒になんかやろうよって、今、企画を準備しているところです。

 

そんな具合に過去、何気なしにやってきたことが色々と繋がってきて、本当に理屈じゃ説明できないんで…もう「すべてに感謝」と言いますか、そういう状態です。

 

古橋:でも、その繋がりを見つけられるか、そこに乗れるかというのは、やはり御本人次第というところが大きいのかなと思います。

 

 

M3-19. モチベーションという言葉は存在しない

 

古橋:なかなか凄いお話をお伺いしてきましたけれども。そんな高尾さんにとって、モチベーションとは、どのようなものでしょうか?

 

高尾:難しいんですけど…極論を言えば僕は「モチベーション」という言葉は存在しないものだと思っているんです。例えば「モチベーションないわー」とか言うじゃないですか。甘えるなと。モチベーションという言葉が、そもそも良くないなと思ってるんですが。ただ、そんな僕でもやる気がなくなった時がありまして。じゃあこれ、モチベーションのせいかな?とか思ったりするんですが(笑)。

 

シンプルに言うと、なりたい像や、実現したい未来に対して進む力。それそのものがモチベーションなのかなと思います。ですからいわゆる自己啓発系の類は、自分には効果がなくて。思っている方向に進んでいればモチベーションは続くし、そうでなければ、まったくなくなってしまう。…答えになってますか?

 

古橋:はい、その人の数だけ、答えの数がありますから。今のお答えは大変興味深いです。お話の全体からは、本当にゲームがお好きなんだということが伝わってきますが、ある意味ゲームに関しては、それを子供の頃からずーっと今まで、続けていらっしゃるということですよね。

 

高尾:そうですね、大人になって気持ちをコントロールできるようになっちゃったので、昔みたいにゲームゲームゲーム!ではなくなったんですが、他のことやってと言われるのと、ゲームのレベル上げてって言われるのでは、明らかにゲームのレベルを上げ続けることに向いている身体にはなっているんですよ(笑)。好きだから。

 

古橋:なるほど、おもしろいですね。ゲーム好きじゃない人って、結局、ゲーム下手ですからね。高尾さんのモチベーションのお話に絡めて考えると、そういうことになるでしょうか。

 

高尾:やりたいことが生まれて、それに対して遠回りしているなと思った瞬間に、その障害をなるべく消していこうと。最短距離でなくてもいいんですよ。僕、そんな強い人間じゃないんで。こういう行き方、ああいう行き方があっていい。人の力を借りてもいい。ただ、今日お話ししたようなことに気付くのには、結構時間がかかりました。

 

古橋:それはいつ頃のことですか?

 

高尾:2〜3年前、例のラスヴェガスのゲーム大会に行った時ですかね。こんなにみんな盛り上がっているというのを見て、自分が好きなのはゲーム自体を作ることではなくて、「ゲームで熱狂している人たちがいる場」を作ることなんじゃないか?ということに気づいて。そこからは、モチベーションの持ち方が早かったです。逆に言うと当時の仕事との乖離が大きくて、心中、やる気がなくなってしまった、という事実がありました。

 

だからモチベーションという言葉は、僕の中にはポジティブには存在していないです。「なくなった」時に初めて存在に気づくくらい。だから「モチベーション上がるわー!」っていうのは、正直ないです(笑)。何も文句がない時というのは、一般的には「モチベーションがある時」と定義されるのかもしれないですね。…変わった答えですかね?

 

古橋:いえ、お話との一貫性を強く感じます。

 

高尾:話していたら、気持ちよくなってしまって。久々に色々なものが自分の中で整理されました、はい。

 

古橋:お伺いしているこちらも、パズルのピースがはまるように理解・整理できました。この対談自体が、ある種のゲームだったのかもしれないなと思います。本日は貴重なお時間、どうもありがとうございました。

 

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モチベーションは、未来の自分が知っている【前編】

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Guest

TABILABO  CTO(最高技術責任者)

安井 透さん

 

モチベーションは、未来の自分が知っている

 

 

M3-1. TABILABOの立役者は、旅が好き

 

キャリアラボ 古橋:今回は、いま話題のキュレーションメディア、TABILBOの安井透さんをゲストにお迎えしました。変わった経歴をお持ちの方で、あんな偶然、こんな偶然が、すべて必然だった…TABILABOに至る、そんな道すがらをお聞かせいただければと思っています。安井さん、まずは、生い立ちの部分からお願いします。

 

TABILABO安井さん:両親が転勤族で、色々なコミュニティに触れて生活してきました。小学校の低学年の頃は、アメリカ暮らしで。考え方がまるで違い、人種が違い、もちろん、言葉も違っている。そういう人たちと暮らした経験の影響は大きいのかなと思っています。小さい頃から、「これが正しい」と言われることに対しても、色々な面から見る癖があったと思いますし。子供心に「友達と仲良くなっても、すぐに引っ越しちゃうのはなんでだろう」と思いつつ、楽しんでもいたりとか。

 

中学〜高校は日本で、高校は理系でした。でも、研究室に籠って何かやるのって、全然面白そうじゃない。『インディ・ジョーンズ』や『MASTERキートン』がかっこいいな、面白そうだなと思って、それで大学では考古学を専攻しました。発掘現場で土器を掘っては、周りの連中と喜んでましたね。

 

学生時代は、海外にちょいちょい遊びに出かけて。本当に貧乏旅行で、行き先も計画もなしで出かけて、知らずに危険な場所に泊まったりしていました。「そこはやめとけ」「ええ!?もう宿決めちゃったし…」みたいな(笑)。そこで貧困のエリアを見たり、子供が必死に生きている姿だとか…自分の中で、色々と考えさせられる時期でした。

 

古橋:そんな時代を経て、就職は…?

 

 

M3-2. 初の就職先は、リサイクルショップの世界

 

安井さん:大学3年の終わりに、初めて将来を考えましたね。考古学の就職先って、専門の教授くらいしかないんです。後は、市役所とか役所。ただ、学会が肌に合わなすぎて。そこでの議論も確かに大切なんですけど、色々なことに対して時間がかかり過ぎるなっていう… 自分が一生それをやっている姿が、想像できなかったんですよね。どうしようかと思ったちょうどその頃、ベンチャーがフォーカスされていた。

 

古橋:それはいつ頃ですか?

 

安井さん:2005〜6年ですね。そういう世界が面白そうで。幾つか内定をいただいてはいたんですが、大手企業は、何かこう、肌に合わなくて…(笑)。それで小さいところ、最終的には社長の人柄で決めたんです。『トレジャーファクトリー』っていう、リサイクルショップを展開している会社です。

 

古橋:その方の、どういうところに惹かれて…?

 

安井さん:ベンチャーやスタートアップって、ギラギラしている社長が多いんですよね。それは悪くないと思うし、それくらいのエネルギーがないとやっていけないっていうのはあるんですが。それとはまた、違った雰囲気を持った方だったんですよ。

 

本当に自分の志があって、それに向かって真っすぐに進んでいる。その手段がこの会社だ、っていうくらいのスタンスで。最終面談も社長が来られて。自分が何しゃべったかよく覚えてないんですけど、社長自ら「ぜひ来てくれ」という感じでした。

 

古橋:お互いにピンと来るものがあったんでしょうか?

 

安井さん:うーん…。それが何なのかはよく分からないですけど、最後の最後まで言っていただいて。当時、ベンチャーっていうとIT系が圧倒的に多かったんですけが、対照的に、すごく泥臭いビジネスですよね。それで、色々と経験できそうだなと思って。「何が」っていうのが分かっていたわけじゃないんですけど、感覚ですね。

 

古橋:当時は何名くらいの会社だったんですか?

 

安井さん:50〜100人の間ですね。10年くらい前ですから、全然仕組み化されてない部分も多くて。いまは東証一部まで上がっていきましたね。株、持っててよかったなって…(笑)

 

古橋:10年くらい前のベンチャーって、どんな感じだったかご記憶ですか?

 

 

M3-3. なぜベンチャーか?選択の基準は?

 

安井さん:まだスタートアップという言葉がなくて、ベンチャー=ホリエモン(堀江 貴文氏)というイメージで。グレーというか「大丈夫なの?」という人が多かった気がします。周りの友達も、小さい会社に行く友達もちろんいないし。みんな大手に入っていく中で「なんでお前そこに行くの?」ってすごい言われましたね。

 

ただ、当時はベンチャーの定義もあまりわかっていなかったですけど、やっぱり業界にイノベーションを起こしている企業とか。上場を目指している企業とか。「ここは本当に勢いがある」という感覚は受けました。

 

古橋:その観点から選ばれた、ということですか?

 

安井さん:それはありますね。別にベンチャーだからっていうんじゃなくて、雰囲気というか、会社のカルチャー。そういう部分を見て。

 

結局その後、いわゆるベンチャーでも、自分が内定をもらっていたところがどんどん潰れていくんですよ。リーマンショックで。その中で、生き残った企業がマザーズに行く。やっぱり会社の雰囲とか、目指してるものってすごく重要だなと。

 

当時、それがないところには違和感を感じたんですよね。言ってることとやっていることにズレがあったり。もちろん急成長している企業もあったんですけど、違和感のあるところは違うのかなと思って。結果、正しかった感じですね。

 

古橋:どう選んだか、どうして選ばれたのか…色々と難しいですよね。安井さんの場合は、過去の経験なんでしょうかね?

 

安井さん:なぜと言われると、具体的にはわからないんですけど…。感覚的なところはすごく大きかったです。

 

古橋:また答えづらい質問かもしれませんが、「感覚」って、何でできていると思いますか?例えば、その会社を選んだ感覚とか。

 

安井さん:なんなんですかね。蓄積してきた自分の経験とか? 突き詰めるとDNAとかになっちゃうのかもしれないですけど…動物的な勘みたいな(笑)。もちろん比較的ロジカルには考えるんですけど、最終的な決断は感覚ですね。

 

 

M3-4. 人より劣る分、(楽しみつつ)人よりやり込む

 

古橋:初就職先では、どんな業務を?

 

安井さん:最初はバイヤーみたいなことをやっていたんですよ。店頭に立って、不要品回収して、値段つけて。それはそれですごい楽しかったんですよね。というか、正直いうと全然わからないっていう…(笑)。今みたいな教育システムがなくて。

 

先輩に聞いたり、見て盗んだり。家具、洋服、家電からブランド品まで何でも取り扱うので、幅広く勉強しました。レディースのアパレルの知識とかも必要なんです。それでレディース雑誌を買って読んだり、レディースのフロアに出かけて、値段ばっかり見てたり…すごい怪しい人ですよね(笑)。

 

【後編】に続く

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モチベーションは、未来の自分が知っている【後編】

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モチベーションは、未来の自分が知っている【後編】

【前編はこちら】

古橋:値付けは、個人の裁量だったんですか?

 

安井さん:いまは、ほぼシステム化されています。ブランドを入力すると、画像やなんかが全部出るんですよ。そういう仕組みが整っているので。あまりブレない。当時は過渡期で、まだ個人が大きかった時代ですね。ただ、流行りものはどうしても勉強しなきゃいけない。それは多分、いまも変わりません。結局システムって、過去のデータから取ってくるものなので。

 

それからブランド品は、真贋ですよね。偽物が結構あるから。当時はまだ、そこまでノウハウがないんですよ。それが面白いと思って「こう見たらこう分かる」というノウハウを独自に調べるようになって、社内で閲覧できるようにしたり。入社数カ月だったんですが、それでいつの間にか頼られる存在になって…。ブランド品も、ぱっと見たら型番を言えるくらい。

 

古橋:すごいですね。それだけ量に触れていた…?

 

安井さん:そうですね、何かやるって決めた時には、人の倍は必ずやる、スピードも誰にも負けないみたいな。自分が大分劣っていることは分かっていたので、そこは徹底していました。特定のジャンルが好きな人や、経験豊富な先輩に比べたら、自分は圧倒的にできない。だったら突き詰めてみようかなと、ターゲットを絞って。特にブランド品は、そこまで強い人がいなかったので。

 

古橋:それは、負けるのが嫌だったんですか?あるいは、自分を極めたいっていうことでしょうか?

 

安井さん:その2軸で言ったら、どっちかというと自分を極めたいのに近いですね。自分がレベルアップしていくみたいな、そういう感覚って、楽しくて。

 

古橋:考古学も似ている感じが…。あ!考古学だから、『トレジャーファクトリー』?

 

安井さん:実は、結構近いんですよ。考古学も「形式学」っていって、色んな形を覚えたり、年代順にぱっと並べたりするんですよね。その識別するっていう部分が、リンクしていたんですよ。結果的になんですけど。ジーパンでも、どこをどう見ると年代がわかる、それによって価値が全然違う。当時ビンテージが流行っていたので、そうすると値段が跳ね上がるんですよ。そういうのが面白かったですね。

 

古橋:正にトレジャーですね。

 

安井さん:そうかもしれないですね。トレジャーハンター的な(笑)。潜在意識に、何かあるのかもしれない。

 

古橋:何年くらい、いらっしゃったんですか?

 

安井さん:3年くらいです。ただ、半年後にはもう、新店の立ち上げなんかをやるようになって。そこからすぐマザーズ上場の流れになって。

 

 

M3-5. 店頭、現場から、内部監査室へ

 

そこで内部監査室に呼ばれて、それも本当に運みたいなものなんですけど。多分、経営陣の方々から信頼があったんじゃないかと思うんですよね。現場が理解できて、管理部門とも上手くやっていけそうとか。内部統制も色々整備しなきゃいけないけど、あいつならできそう…っていう、ベンチャーならではの感じで。

 

新卒1年ちょっとで、経営のこととか何にもわからないし、よくやらせるよなあ、と思いながら。でもそこで内部監査をやることで、会社というものを理解できたんですよね。その時もすごい勉強したんですけど。管理部門とか、会計とか…それこそP/L、B/Sすら分からなかったので。

 

古橋:本で勉強されたんですか?

 

安井さん:かなりの部分を本で勉強して。あとは部長クラスの方々と本当に仲良くなって、色々教えてもらうっていう。そこで、内部のシステムを全部内製化しまして。査定システムとか。

 

古橋:それはIT部門?業務システムってことですよね?

 

安井さん:そうです。結局、データは全部そこに溜まっているので。商材が一点モノなので、市販のPOSシステムが使えないんですよね。

 

その時に、監査からシステムに興味が移って。例えば「このコードを書いたエンジニアはすごい」って話になるんですよ。でも、何がすごくて、何が違うのか全然分からない。その辺を理解してみたくなって。それで内部監査の権限で、システム部にお願いして、ソースコード見せてもらって。

 

自分が日々使っている業務のシステムの動き方は、わかっているわけです。それで、その裏側はこうなっているのかと。そのうち「自分でも書けるんじゃないか」と思って、ルーチンワークを楽にするために色々書くようになって。そしたらそっちの方が面白くなっちゃってですね。

 

古橋:それがきっかけで、システムの方へ…?

 

安井さん:特にやろうと思っていたわけでもないんですけど、たまたまやってみたら意外とハマって。意外とできることがわかったし、面白くて。

 

古橋:その「ハマったポイント」というのは…?

 

安井さん:何か作るのが、そもそも好きだったんです。例えば現場だったら、新店を立ち上げるのがすごく面白かった。その楽しさに近いと思うんですけど。本当に何もないところから、考えて作っていく。自分で考えたものを、自分の手で組んで作り出せるっていう。

 

コードも、最初は単純に興味で、自分の業務のために作り始めたんです。例えばドキュメント整理をするなら、ボタンをピッってやったら全部バーってできるとか。面倒なルーチンワークを効率化するもの。そうするとどんどん効率化されるから、自分の時間もできてくるんですよね。その時間でコードを勉強するようになって。いつの間にか、結構できるようになったんですよ。

 

古橋:すごいですね、自学自習ですか?もともと理系というお話ですが、その辺の感覚でしょうか?

 

安井さん:あるかもしれないです。数字とか、嫌いじゃないんですよ。いまで言うビッグデータ的なものを解析したり、分析したりがすごい面白くて。内部監査時代も、データもらってきて色々な分析して、こんなパフォーマンスが出ますねといったレポートを出していたんです。それが面白くて、ところが…

 

 

M3-6. ひょんなことから、システム部門へ

 

ある時、それを全部システム部長に見つかってしまって。本当は内部監査って、業務に直接タッチしちゃいけないんですよね。第三者的でなきゃいけないから。効率化したりとかは…そこに対しての統制が効かなくなっちゃうんで、自分もあんまり良くないな、とは思いながら。

 

…で、それでどうこうはなかったんですけど「じゃあシステム部ね」みたいな感じで。

 

古橋:え?システム部に異動になったんですか?

 

安井さん:ええ。そこから本格的に、社内のシステム運用ですね。データの可視化的な部分がまだまだ手つかずの部分があったので、どんどんシステム化していって。それが整備されるだけで、利益率が全社的にガッと上がったり。それが目に見えて分かるという、システムのすごさを体感して。

 

古橋:すごいですね。3年くらいの間で、現場から、内部監査から、システム部に移ったわけですね。

 

安井さん:本当に、劇的に。「お前みたいなの、もう絶対いないよ」ってよく言われましたけど。

 

古橋:いないですよね。でも、仕事は一旦辞められるんですよね?

 

安井さん:ええ。そもそもベンチャーに興味持ったのが「自分でも何かやってみたい」というのがあったので、ちゃんと経営を学んだ方がいいのかなと思いまして。それで辞めて、ビジネススクールに通い始めました。

 

 

M3-7. ビジネススクールから引き抜かれる

 

そうしたらスクールの客員教授の方が、レコメンドエンジン的なものを開発されている会社の会長さんだったんですよ。その方が、とにかくウチにおいでよって。

 

古橋:すると、それでその会社に…?

 

安井さん:そうなんです。面接するでもなく(笑)。授業や課題なんかで、そもそも自分がどれくらい出来るかは、よく分かったので。じゃあちょっと行ってみようかと。

 

授業に出てると、全体的なレベルがわかって。授業がデータマイニングの話になって数学的な問題が出てくると、自分はパッと聞いてパッと答えを出せたんですよ。ビジネススクールって比較的、文系の方が多くて、プログラムができる人もまずいないですし、相当レアな人材ではあったようで。変わっていたが故に、色々とお声がけがあったという気はします。

 

そういう流れで、そのアルベルトという会社に行かせてもらって。そこで当時のデジタルのトレンドも学ばせてもらいました。コードは書かなかったんですが、ディレクション業務とか、コンサルティング、データ分析。あとは新規事業などをやっていました。

 

古橋:新規事業も手がけられたんですか?

 

安井さん:ええ。いまDSPやSSPといった広告配信がありますけど、それらがアメリカで流行り始めの頃で、じゃあウチもやろうかという頃合いで…2009〜10年くらいですかね。アルベルトもついこの間上場しましたが、いまはそのアドテク領域が一番大きくなっているみたいです。

 

古橋:それで、アルベルトには何年くらい?

 

安井さん:1年未満です。ベンチャーは短期間で色々なことをさせてもらえるのが、本当に良いところで。短期間でしたが学ばせていただきました。

 

 

——–

 

 

M3-8. いよいよTABILABO…の、その前に

 

古橋:1年を待たずに次に行かれるわけですけど、それはどんな考えで?

 

安井さん:入社前から、何をやるかはともかく、ちょっと事業をやってみたいと思っていたんです。会社にもそれは伝えていて。それでもいいから、学びにおいでって言って下さっていたんです。それもあって、一区切りで退社して。そこから、多少世界を廻ったりして。

 

それで2011年11月、クロスラボという最初の会社をつくりました。店舗向けや顧客向けサービスを構築するような会社です。それを運営しつつなんですが、たまたまあるイベントで、TABILABOの創設メンバーと出会ったんです。

 

古橋:それはいつ頃ですか?

 

安井さん:2013年の冬に会って「メディアやりたいんだけど」みたいな話をして。なんか面白そうだねーっていう感じで。

 

古橋:私が安井さんに始めてお会いしたのも、ちょうどその頃ですね。いまも忘れないんですが、新宿のルミネで、女性しかいないカフェに入って…安井さんの第一声が「実は旅に出まして。こんなカードゲーム作ったんですけど」っていう。

 

安井さん:知り合いと一緒に大阪に行く途中に、考えて作っちゃったんですよね。

 

 

M3-9. 「仕組みをつくる」面白さ

 

古橋:そのゲームは、市販されているんでしたっけ?

 

安井:はい、ギフトっていうゲームです。特に売れているわけじゃないんですけど。まあ、面白いからいいですよね(笑)。

 

古橋:ゲームはお好きなんですか?

 

安井さん:そんなにやらないんですが、作ること自体に興味を持ちましたね。ゲームを作る機会って、なかなかないじゃないですか。

 

幾つかカードゲームを遊ばせてもらって、ゲームのルール…こうなったらどうなるっていう、法則みたいなものを導き出して。こう組んでみたらどうなるだろうとか。システムを組むのと近いのかもしれない。いまの技術を色々集めてきて、目的のために削る。そういうロジックを作るのが、結構面白くて。

 

古橋:しかもカードゲームっていうところがいいですね。アナログなのが。

 

安井さん:すごい面白いなと。

 

古橋:デジタルには乗っけないんですか?

 

安井さん:やんないです。アナログがいいんですよ。対話できるし、一緒に笑えるじゃないですか。そういう良さってやっぱりあるなと思って。

 

古橋:TABILABOは、何でやろうと思ったんですか?安井さんの中に「旅」っていうのはあるかもしれないですけど、今まではシステムなのに、今回はメディアっていう位置づけで、少し毛色が違うじゃないですか。

 

 

M3-10. 「やったことない」がキーワード

 

安井さん:そもそもやったことなかったっていうのが大きいです。挑戦したことがない分野だし、やりたいことが面白いなと思って。TABILABOの代表も、世界の色んな場所を回って、新しい情報を得ることで自分が変わってきたみたいな経験を、沢山してきてる人なんです。そういうことがメディアでも可能になるんじゃないかという感触があって。ソーシャルの拡散の力を、すごく感じていたんですよね。

 

古橋:「やったことない」というのが、おそらく安井さんのキーワードなんですね。「5年後に一緒に紅茶屋をやりましょう」みたいなお話をお互いにしたことがありましたけど、あれも、特に紅茶が好きなわけじゃないんですよね?

 

安井さん:別に好きじゃないです。紅茶自体には、興味があるわけでもなく。

 

古橋:一緒に行った紅茶屋の世界観に、ピンと来たってことでもない?

 

安井さん:あれはいいなと思いましたけど。

 

古橋:でも「やったことない」というところが?

 

安井さん:言われてみると、そっちの方が大きいかもしれない…

 

古橋:だから、宝探しなんですよ。

 

安井さん:アルベルトも、データマイニングですからね。

 

古橋:正に宝を見つけ出すという。

 

安井さん:TABILABOも、キュレーションメディアですから。

 

古橋:ということは、安井さんはトレジャーハンターなんですね。肩書きが。

 

安井さん:なるほど(笑)。

 

古橋:…ということで、現在のTABILABOですが。これが2014年の頭ですよね。

 

安井さん:2月22日ですね。実質一ヶ月ないくらいで、バーッと作ったんですよ。

 

古橋:そんなに早く?

 

 

M3-11. 広告を入れない、TABILABOスタイルの理由

 

安井さん:寝ずにガーッと。キュレーションメディア的なものが、色々出ていた時期でもあって。そういう波もあって、想像以上のアクセスがばっと来て。でも最初の頃は、赤字を垂れ流し続けてて。

 

…っていうのはなぜかっていうと、サーバ代がものすごくかかっていて。トラフィック量がすごいのに、バナー広告をそもそも入れないっていうモデルだったので。

 

古橋:非常にニュートラルな感じのサイトですよね。

 

安井さん:そうなんですよ。最初っからそこを目的としていなくて、あくまでもコンテンツ。雑誌って、なんかワクワクするような感覚があるじゃないですか。PCになって、さらにポータブルになって、その感覚がなくなってきた。あくまで情報になってしまったという感覚があって。

 

さらにモバイルになって、よく分からないバナー広告がウザく下に出てくる。ユーザー体験がどんどん悪くなっていく状況の中で、それはメディアとしておかしいんじゃないかって感じはあったんですよね。

 

そういう問題意識で話をしていて、雑誌の世界観をもう一度体現するとか、コンテンツに共感してもらう…そうできたらいいなと思っていて。だからバナー広告は入れていなくて、結局、収益がないんですよ。

 

古橋:いまはどうされているんですか?

 

安井さん:記事広告ですね。ネイティブアドと呼ばれるものなんですが。

 

古橋:いまもバナーは出していない?

 

安井さん:出してないです。バナー的な枠はあるんですけど。あくまでもその先の「記事」に飛ばしています。だからバナーではないんです。それは中で回遊させるためのものなので。通常のクリック課金みたいなものは、まったく入れてないですね。

 

だから最初は辛いというか、単純にお金を垂れ流してる状況をずっと続けていて。月々100万越えるくらい出ていくんですよ。それをみんなで支払っていう、訳の分からないことをやってて。何やってるんだろう…みたいな(笑)。

 

仕方ないから、コンサルの仕事作ったりとか、色々と捻出しつつ。それでもやっていけないということで、5月に法人化したんです。まあ、想像以上に伸びたというのが大きいですね。

 

古橋:いまはPVはどのくらいなんですか?

 

安井さん: MAUで900万ですね。PVでは語らないようにしてるんですよ。あんまり本質的ではないので。逆にネイティブアドになってくると、どういう層がどれくらい読んでいるかが、やっぱり重要になってきて。共感を持たれて、どれだけシェアされたかという部分ですね。

 

 

M3-13. TABILABOの、現在とこれから

 

安井さん:TABILABOをやっている中で、目指しているものや問題意識、いまの課題なんかも、大分見えてきたというか。この先どうしていくべきか、始めた当時とは大分違うものが見えてきてる感じはします。それを具現化するために、いま色々動いています。

 

古橋:いまはそれが、安井さんのトレジャーになる訳ですか?

 

安井さん:まあ、そうですね。やっぱりその辺も、仕組みが仕組みとして存在していないんですよ。アメリカではバズフィードがガッと伸びてきていて、裏側の仕組みがすごいんです。徹底的にシステムがつくりこまれている。少なくとも日本では、まだどこにもないですよね。ただバズフィードも、今度上陸するという話もありますけど。

 

それとまったく同じではないですけど、メディアとかコンテンツを支える、裏側のシステム。仕組み的なものを構築することは、かなり面白いかなと思っていますね。

 

古橋:バズフィードの仕組みって、何がすごいんですか?

 

安井さん:徹底的にデータドリブンなんです。それと、人間。かなりデータ寄りでありながら、クリエイティブが優れている。その掛け算できているところが、すごいなと思っていて。

 

TBILABOも比較的クリエイティブは強いので、そこをさらに追求したい。いまもABテストは徹底的にやっているんです。タイトルだとか、画像によっても見られ方って全然違うんですよね。データはかなり取っているんですけど、そこをもっとデータドリブンにシステム化できると思っていて。そこから先は、ユーザーの動線を見ていく。だから、まずはやっぱり、データをきっちり全部取り切っていきたい。

 

古橋:システム化ということでしょうか。

 

安井さん:施策に対してのフィードバックだったりとか。レコメンド的なもの…ユーザーに対する還元だったりとか。後は、それに合わせてキュレーションしてくるための仕組み。外で何が流行っているとか、そういうものが全部集まっているようなものを、いま作っているところです。

 

古橋:クリエイティブ × ITというのは、世の中で取沙汰されている割には、まださほど進んでいる感じがしないですよね。

 

安井さん:そこを徹底的に極められているところはまだ無いので。追求していきたいなと思っていますね。

 

 

M3-14. 社内ですべての仕組みをもつ強み

 

古橋:TABILABOは、自社内で制作することにこだわれられている印象を受けます。

 

安井さん:というのは、それが強みかなと思っていて。普通のメディアだと、結局、メディアでしかないんですよね。代理店を使って、広告枠を売ってというモデルだと、あまりスケールしない。強みはあくまでPVベースです、以上。みたいになってしまう。それは資産ではあるんですけど、それよりもTABILABOが目指しているのは、社内では結構言っているんですが「バリューチェーンの垂直統合」です。

 

製造業では、例がありますよね。ユニクロとかアップルだとか。製造から流通まで全部やっていく。それをコンテンツの世界でやろうと思っていて。いま、すべてが完全に分断してるんですよね。それぞれ違うプレイヤーが走っていて、メディアがあって、コンテンツがあって、広告があってみたいな。

 

それを全部ひとつにまとめると、圧倒的優位になる。テレビで例えると、電通が1個テレビ局を持ってるみたいな。その世界をつくりたい。だから社内ですべて持つ、それこそが価値であると、いまは考えています。キュレーションにしても、ライターが書いて、編集をして、デザイナーが画像を選んでと、工数がかかってるんですよ。

 

1個のコンテンツができるまでが、フローで流れていて、世に出て、数字が出てきて、フィードバックされる。これが一気通貫でできると、将来的なアクセス予測や、ラインのどこで異常が起きているだとかが、全部可視化できるようになる。製造業では何年も前から当たり前に存在しているんですが、それをコンテンツの切り口からできたら、すごく面白いなと。

 

古橋:TABILABOは、いまは何人でやられてるんですか?

 

安井さん:大分増えましたね。いま、社員が24〜5人。クリエイティブが多いんですけどね。ライターとかデザイナー。セールスも多いですね、全部直で当たっているので。すぐに30人超えるかなという感じです。そうするとマネージメントの部分で、また大分フェーズが変わってくる。

 

古橋:組織になってくる感じですよね?

 

安井さん:それもまた面白いなと思っています。成長している部分を、全部目の当たりにできているので。正直に言うと、最初はメディアをバーッと作って、バーッと稼いでポンって売っちゃってもいいかなってくらい軽いノリだったんですよ。それが最近は人が増えてきてこともあって、ある程度きちっと成長させて…というスタンスに変わってきていますね。

 

 

M3-14. モチベーションは、未来の自分が知っている

 

古橋:これまでも面白いこと、これからも面白いことをやり続けるという感じのお話ですね。ところで、これは皆さんにお伺いしているんですが、安井さんにとって、モチベーションとは何でしょうか?

 

安井さん:この話の流れだと「やったことないこと」なんですかね?

 

古橋:でも、そういう契機に気付かない人も、きっといると思うんですよね。安井さんの場合、そこにパッと目がいく印象を受けます。

 

安井さん:なんでしょうかね?まあ勘ですかね?

 

古橋:環境もありますでしょうか。転勤やアメリカ暮らし、海外旅行とか。

 

安井さん:そうですね。色んなコミュニティにパッと入り込むのは、自分にとって自然なことで。イベントにたまたま行ったことが、今に繋がっていたりもするので。

 

古橋:起業自体は、どういったモチベーションで、いつ思い立たれたんでしょうか?

 

安井:正直に言うと、あんまり深くは考えていなくて。新卒の時に、少し頭にあったんですよね。結局は同じ話に繋がるんですけど、ゼロイチで何かを作ることが好きなんですね。会社をつくるっていうことはかなり難しそうだし、面白そうだ、と思って。

 

孫さんみたいに、何年間こうして〜みたいな計画性はないんですよ。何にもなくて。その時にどう感じて、どう動くんだろう?っていう…

 

古橋:確かに、徐々に違うことをやっていらっしゃいますよね。

 

安井さん:そうなんですよ。同じことやってると飽きちゃうんだろうなっていうのが、性格上ありますし。「成長できなくなる」と思った瞬間に、もう興味がなくなっていく。来年の自分は何やっているんだろう?っていう「自分に対して興味がある状態」ですね。

 

古橋:とてもユニークなお話と、モチベーションのあり方をお聞かせいただきました。本日は長時間、ありがとうございました。

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モチベーションは、「期待を超える喜び」【後編】

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取材日:2015年9月28日

 

インタビュー:
株式会社フォトシンス
代表取締役社長 河瀬航大

 

取材 / 古橋宙征 文 / 片桐暁[Table]

 

 

古橋:大変さが伝わってくるお話です。そこで、テーマであるところのモチベーションなんですが、河瀬さんの原動力となるもの、河瀬さんのモチベーションとはなんでしょうか?

 

R1-9 モチベーションは「期待を超える喜び」

 

河瀬さん:僕にとってのモチベーションというのは、期待をされて、それを越えることです。これは幼いときから一貫しているかもしれません。

 

親が理科の教師で、種子島は小さい島ですから、「河瀬先生の息子」っていう視線でみんなから見られるんですよ。当然、理科もできるだろうと。そんなこともあって、年がら年中マングローブに籠って、理科研究に取り組んで。その結果、東京での表彰式に呼ばれたりするんですが、これは小さな島にとっては大事件なんですね。そうやって、期待されては、それを越えていくことに喜びを感じていました。

 

環境問題も、これに紐づくと思います。「良くしなきゃダメだ」「このままでは持続可能にはならない」と、誰もが思っている。そういう課題が見えている中で、それを解決できたならヒーローだなと思うんです。

 

世の中に課題や期待があって、それを自分自身がどう超えていくか。成功事例をどう重ねていけるか。その辺りに、自分の喜びがあると考えています。IoT業界もまだ確固としていない段階だと思いますから、そこに「Photosynthあり」というかたちで世に問うことができるのは、僕にとって喜びなんです。

 

 

R1-10 「場所を選び」「没頭し」「成功体験を重ねる」

 

古橋:同じように小さい頃から期待をされていても、河瀬さんのように「越えてやろう」という方もいれば、かえってプレッシャーになってしまって萎縮するという方もいると思います。そういった場合、どうしたら人は変われるものでしょうか?

 

河瀬さん:直接は分からないですが…僕の理科研究の場合は、最も好きな分野だったことがよかったなと思っています。。自分は海や生き物が大好きで、好奇心旺盛だったから没頭できたんだと思います。つまり、領域に特化して、集中してやっていく。これが、期待を超えるとか、小さな成功体験だとかに繋がるんだと思います。

 

古橋:いま、「やりたいことが分からない」とか、起業しても伸び悩んでいる方々も大勢いると思います。「まずは没頭できることに集中する」というのが1つのポイントということでしょうか。

 

河瀬さん:そうですね。それでしかないと思います。僕は、基本的にそういうかたちで生きているので。好きな人としか組まないというのは、経営者としてはよくないんですが。なるべく没頭できて、成果を出せて、強みが発揮できる…そういう、人がいない場所にいくんですね。

 

 

R1-11 起業1年、オフの過ごし方

 

古橋:ところで、起業をすると大変な忙しさだと思うんですが、河瀬さんは起業以来、休日は取られているんですか?

 

河瀬さん:サラリーマン時代よりは全然ないですが、意図的に休日は取るようにしています。

 

古橋:休日は、どんな過ごし方を?

 

河瀬さん:なるべく本を読むようにしています。ビジネス書やファイナンス、歴史の本が中心ですね。まだまだ知らないことが多すぎるので、インプットの時間です。もっと深い本を読んだ方がいいかなとは思うんですが…。これはもう、必要に応じてというか、勉強に迫られてというところですね。

 

古橋:お休みといいながらも、実質的にはお仕事の一貫というか…

 

河瀬さん:そうですね(笑)

 

 

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R1-12 Akerunと環境問題を架橋する

 

古橋:冒頭でお伺いした「Akerunで描き出される世界」のお話が、非常に印象的でした。

 

河瀬さん: 実際、自分の鞄の中を見てみると、iPadにMacBookにと、アナログなものがどんどんなくなっていて。ノートもペンも持ち歩かない、本もKindleという状況にも関わらず、鍵だけは、ずっと同じかたちのままなんですよね。自分自身がスマートロック市場に参入してみて、これが変わるのは時間の問題だなと思っています。どうやって変わるかというと、スマートフォンか、生体認証か。

 

両者のうち、生体認証の方は、じわじわ来るものだと思っていて。まずはスマートロックという観点から、スマートフォンがすべての鍵を集約するのではと考えています。Akerunは、そのプラットフォームになりたい。つまり、リアルな権限管理のできるアプリですね。それが先程お話したような、「あらゆる場所への、鍵であり、課金であり、権限付与の体系であり…」という、Akerunの描く世界に繋がります。

 

そして最終的には、物同士だけじゃないこと。例えば環境問題の観点から言えば、人が家に帰ったら、そのタイミングで家の電気がつく、初めて便座があったかくなる、冷蔵庫がキンキンに冷える。家を出たら、不要な機器は切れる。スマートフォン、つまり認証端末が近づいて出入りするだけで、その人に最適な空間をつくられて、それ以外はシャットダウンされる。

 

そういう効率的で快適な世の中が作られれば、非常に面白い世界観だと思います。ここまで来ると、僕のやりたい「環境問題 × IT」、クリーンITに近い領域になってくるのかな。

 

古橋:それは、何年後くらいと予想されますか?

 

河瀬さん:10年後くらいでしょうか。それにはまずプラットフォームを作らないと、ただのガジェットに終わってしまいますから。いま取り組んでいることをまずやりきらないと、そういう面白い絵を描くことはできないですね。

 

古橋:環境問題から始まった河瀬さんのモチベーションの意識が、ITに動いていくのかなと思ったら、環境問題に戻ってきて…お話が、首尾一貫されていますね。

 

河瀬さん:そうですね。IoTに興味を持ったこと自体、「人と人とが繋がる」とか「人とモノが繋がる」という世界観に興味あってのことでしたから。いまも、それを徐々に連携させていきたいと思っていて。Akerunで鍵を開けたら、Pepperくんがお帰りって言ってくれるとか。これはもう実装しているんですね。Yahooが出したmyThingsというプラットフォームがあるんですが、その記者会見で展示させていただきました。

 

つまりIoTというのは、最適化であったり、コミュニケーションであったりするんじゃないかと思うんです。その観点から行くと、「環境」というフィールドにも、確実に刺さるんじゃないかと考えています。

 

 

R1-13 トップのモチベーション、社員のモチベーション

 

古橋:ところで、社内のみなさんのモチベーションに関してはいかがでしょうか?最初は6名で始められたということですが、会社の成長に連れて、志を同じくする人を、次第に集めていくことになってきたと思うんですが。

 

河瀬さん:自分の身の回りで、友達の友達くらいまでは当たってみる、想いを熱く語る…といった方法で、地味に集めてきましたね。いまでも活動の1/3は、採用活動にあてているような状態です。あまり媒体は使っていなくて。ありがたいことに、人を雇うことのできるような出資もありましたので。

 

古橋:先ほど「没頭」という言葉も出ましたが、河瀬さんなりの、モチベーションという言葉の定義とは、どんなものですか?モチベーションというのは、日本語に訳すと「やる気」などになってしまい、本来のニュアンスが消えてしまいますが…

 

河瀬さん:「どこで幸福を感じるか」ということかなと思います。僕の場合、モチベーションの源泉は、期待を越えること。でも、もしお金というところに価値を感じる人であれば、自分が好きではない、どんなに苦しい営業でも頑張れるんじゃないかと思いますし。必ずしも「モチベーション=生き甲斐」ではない。そういう観点で、社員のモチベーションは一定度摺り合わせられるかと思います。

 

古橋:その擦り合わせ方についてですが、何か意識されていることなどありますか? 例えば、自分が熱い想いを語りすぎてしまう…といったこともあるかと思うのですが。

 

河瀬さん:それについてはまだまだこれからで、自分もできていない部分だと思います。幸いにも、会社の方針だとか、どこにモチベーションを感じるかについては、小さい会社というところもあって一貫しているように感じます。社員がいま20名を越えようかというタイミングなので、これから擦り合わせが必要になってくるだろうなと。

 

 

R1-14 モチベーションのマネジメントと、起業のタイミング

 

古橋:最近、学生起業家が増えている印象です。河瀬さんだったら、どんなアドバイスをされますか?

 

河瀬さん:学生の時から起業を経験するのは貴重な経験だとは思うのですが、僕は、一回社会に出てから、起業する方がメリットが大きいのではと思っています。自分も実際にビジネスを構築する中で、対人コミュニケーションであるとか、組織や会社がどういったものであるとかを、一定度分かっていないといけないなと感じましたので。

 

トップを走り続けていたら、部下の気持ちを理解するチャンスは一回もありません。そういう点で限界があります。例えば、ITだけとか、メディアだけで完結する場合には問題ないかもしれません。でもB to Bの法人向けのサービスとか、営業が一定数必要なビジネスモデルであれば、中途半端な会社は一旦閉じて、会社に入った方がいいんじゃないか。やるならやるで、徹底的にやるか、期間を決めて会社の中で頑張る。あくまで個人的な意見ですが。

 

自分が会社に入って感じる、「会社に対しての不満」というのも必要かなと思うんですね。1年目というのは、どのみち、会社や組織に対して不満を言う側です。それを「自分ならどう変えていけるか」という課題感に変えて、新しくマネージした方がいいんじゃないかな。

 

古橋:モチベーションの生み出し方って、案外そういうことかもしれないですね。モチベーションが低い人というのは、興味関心が薄い、何ものにも没頭していない。興味関心が強い人や、強く何かに没頭している状態を、モチベーションが低いとは言わないですし。

 

河瀬さん:それは間違いないと思います。その方向軸がお互いに合っていれば、もう完璧でしょう。僕も、「そこに儲かる事以上の喜びがある」「描きたい世界がある」ということを感じて、ビジネスを始めたわけですから。

 

古橋:リクルーティングに関しても、社会の期待値が高いプロダクトを作れば、来る人たちもモチベーションが高いはずだという理屈になりますよね。

 

河瀬さん:そうですね。ですからPhotosynthでは、いまはみんなが一つの方向を向いています。それをこれからいかに大きくしていくかについては、僕の勉強課題ですね。

 

 

株式会社フォトシンス (Photosynth Inc.)
http://photosynth.co.jp/

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モチベーションは、「期待を超える喜び」【前編】

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取材日:2015年9月28日

 

インタビュー:
株式会社フォトシンス
代表取締役社長 河瀬航大

 

取材 / 古橋宙征 文 / 片桐暁[Table]

 

 

古橋:この企画の趣旨は、ベンチャー企業の経営者の方に「モチベーション」を中心テーマにお話を聞かせていただくというものです。例えばベンチャーで起業を考えている学生であれば、どんな情報に触れるかで人生観が変わるんじゃないか。法人の社長なら、あらためて考えることがあるのではないか。そんな意図から、取材をお願いさせていただいています。

 

Photosynth 河瀬さん:そういう方々に向けてお話させていただけるのは、大変恐縮です。

 

古橋: 2、3年ほど前に、初めて河瀬さんとお会いした時のモチベーションの記憶が鮮烈でした。現在はさらにさまざまな経験を積まれて、人に触れ、会社を立ち上げ、いまから世界を取りにいくぞ…といった勢いを感じます。まずは河瀬さんの現在をお伺いして、その後、起業に至る経緯などを順にお伺いできればと思っています。

 

河瀬さん:現在はPhotosynthという会社を立ち上げて1年で、このAkerunというプロダクトを軸に、サービスへと展開しようとしているところです。Akerunというのはいわばスマートロックで、これを扉の内側からペタっと貼り付ける。

 

古橋:貼り付けるだけでいいんですか?

 

河瀬さん:はい、これで、スマホやガラケー、Webブラウザで、鍵の開閉や状態確認、権限付与等がすべて可能になります。施錠・解錠は物理操作ですが、操作はデジタルですから、いつ/だれが/どの鍵を使ったかの履歴も残ります。店舗やオフィスなどに、幅広く使っていただいています。

 

古橋:非常に直観的なプロダクトですね。デザインもとても洗練されています。Photosynthは、これでいわゆるIoTの世界に参入し、創業1年で大きく成長しました。これからについては、どのようなモチベーションで、どんな方向性に取り組もうと考えていらっしゃいますか?

 

 

R1-2 Akerunの描き出す世界観

 

河瀬さん:スマートロック市場に参加して、皆さんに使っていただく中で「ここが必要とされているんだな」というポイントが見えてきています。そのニーズを汲み取って、ただプロダクトだ、物販だということではなく、サービス化していきたいですね。当然、プラスαの機能などが必要になる。それを追求していくのが短期スパンの目標でしょうか。

 

それから将来的には「すべての鍵がポケットに収まる」っていうのが、かっこいいなと思うんですよ。人が持っている合鍵の数の平均は、3〜4本です。それらがすべてAkerunアプリに集約されたら、とてもクールだなと。

 

Akerunアプリが入っているスマートフォンであれば、飲食店や空港のラウンジ、漫画喫茶などを自由に出入りできて、自動的に課金されるとか。Akerunはそういう世界のプラットフォームになりうると思っているんです。「Akerunで描ける世界」の実現に向けて動いていくのが、いまの自分のモチベーションといえるかもしれません。

 

古橋:とても興味深い世界観ですね。河瀬さんがそこに到達した経緯であるとか、あるいは経歴などについてお伺いできますでしょうか。以前から、ITの世界に興味があったんですか?

 

河瀬さん:実は幼稚園生の頃からなんですが、元々、環境問題に興味があったんですね。小学校まで、種子島の自然の中で育ちましたから。夏休みには、マングローブに籠って自由研究をしたりだとか。この環境を守りたいなと思ったことが、自分の原点になっています。

 

古橋:モチベーションの原点が、種子島にマングローブですか?面白いお話になってきました。

 

 

R1-3 環境問題への興味から、IoTの世界へ

 

河瀬さん:はい。ですから大学では、化学という方向から環境に貢献できないかと、放射線を研究していたんです。ですが、環境問題を根本的に解決するためには「加害者と被害者がコミュニケーションを取ることが必要」だと気付いた。

 

加害者というのは、僕たち。被害者は、例えば東南アジアなどの、森林が伐採されてしまった国の人々や、未来の子供たちです。そういう人たちが、距離や時空を越えて、ネット上で繋がってコミュニケーションをとる。

 

そうやって「他を思う力」や「共感する力」を生むことで、大きな問題は解決されていくのではないか?要は、どれだけ「自分事化」するかということですね。そうでなければ、例えば家族のことは守れるけど、遠い国の子供達は守れないわけです。

 

その頃は、人と人がネットでつながることに大きな可能性を感じていて。そこで新卒で就職したのがガイアックスでした。正にそれがミッションの会社でしたから。入社したのはFacebookやTwitterが流行り始める少し前、2011年くらいでしょうか。ソーシャルメディアを使って、世の中にどういう声があるのかを分析したり、リスク投稿をピックアップしたり、それをマーケティングに活かすといった業務をしていました。

 

そして、ネットで繋がるのが感覚的には当たり前になってきた頃、もっと面白い世界を描きたいと思うようになった。人と人同士だけじゃなくて、人と物、人とロボット、ロボットと植物や動物とか。ソーシャルメディアの中に色んなモノが入り込むと、さらに面白いんじゃないかと。その観点からIoTに関心を持ったんです。

 

古橋:IoTをイメージされたのはどれくらいの時期で、どういったものに影響されたんでしょうか?

 

河瀬さん:そんなに昔ではなかったと思います。『ソーシャルマシン』という本には特に衝撃を受けました。モノやマシンがソーシャルメディアに取り込まれるといった内容の本です。IoTという言葉が現れて、さまざまな情報が流れてくる中で「これは、自分のやりたい環境問題解決の将来的な手段になるかもしれない」と。その観点から、趣味程度で始めたのがきっかけです。

 

 

R1-4 世界初の「後付け鍵」の誕生

 

河瀬さん:ちょうどハッカソンが流行っていた頃で、2014年の頭ですね。周りにエンジニアも多かったですから、飲み屋で「次、何ハックする?」なんて話をして。電気、家電、自動車とか、当時からネットに繋がっているものはたくさんありました。でも、それを制御できるだけじゃ面白くない。

 

そこで「家」から連想していった時に、ネットで制御できないものは“鍵”だったんです。それに気付いた時は、かなり衝撃的でした。鍵というのは、インターネットどころか電気も通っていない。あえて電気の通ってないところを攻めるっていうのが面白いし、チャンスじゃないか。人がやっていないところが狙い目だと思ったんです。

 

最初は、自宅やハッカソンで実現できる位のクオリティでしか考えていませんでした。本来なら、錠の中や扉ごと改造して、有線で繋ごうって発想しますよね。でも趣味レベルですから、自宅でできる範囲で開発をしていて。サムターン(鍵のつまみの部分)にモーターをガムテープで巻き付けて、物理的に回せばいいだろうとか。それが結果的に「後付けの鍵」を生んだんですね。

 

「後付け」という言葉自体が、世界初で。「これだったら自分の家でも、施工なしでペタッと貼り付けるだけで使える」と、世の中から注目されるきっかけになりました。面白いことをやっている連中がいるということで、去年(2015年)の7 月27日の日経新聞本紙に、大きく掲載していただいたんです。

 

古橋:それはガムテープの時代ですか?

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河瀬さん:さすがにガムテープの段階は超えて(笑)、プロトタイプくらいですね。趣味だったはずなのに思わぬ反響があって。予約が殺到したり、出資の話があったり。ホリエモンさんや(堀江貴文氏)イケハヤさん(イケダハヤト氏)から応援メッセージをいただきました。これだけ期待してくれている人がいるならチャンスがある。趣味でなく、しっかりやろうと。そこで、同じ年の9月1日に創業したんです。

 

古橋:7月に日経新聞掲載、9月に創業ということは、素早く決断されたんですね。

 

 

R1-5 声を上げたところに、人が集まってくれる

 

河瀬さん:はい、一ヶ月くらいで決断して、会社を整理してという感じで。私がガイアックスを辞めたのはPhotosynth創業の少し後でしたが、他のエンジニア2名は、既に8月上旬には退社して、9月1日から開発をしていました。この手のプロダクトは、ビジネスに先駆けて、やはりものづくりから忙しさが始まりますから。

 

古橋:御社は確か、ガイアックスの出資を受けていますよね?

 

河瀬さん:そのお話があったので、早く起業できたんです。Photosynthにはco-founderが6名いるんですが、3名はガイアックスのメンバーです。いまもいい関係でお世話になっている状態ですね。

 

古橋:スタートアップの段階では「会社ってどうやって運営していくんだ?」「これからどうなっていくんだ?」というのが見えにくい段階があると思います。河瀬さんの経験として、スタートアップで、ここからうまく流れていったなというポイントはありますか?

 

河瀬さん:結果的になんですが、僕らはPRに力を入れていた。それが良かったと思っています。どれだけ市場にインパクトを与えられて、期待されているかという雰囲気を出すことが重要なんじゃないかと。

 

法人化よりも前に日経新聞に掲載されたので、まずは一部で知名度を獲得することができた。その中で出資のお話もいただきましたし、予約が集まったので、これなら売上が出るだろうとの予測もついた。そこでスタートが切れたんだと思います。

 

ですから「自分がしたいことは何か」。その旗をモチベーションとともに掲げて、なるべく対外的に発信していくことで、ファンや資金を集めることが重要だったんだなと、後から思います。資金に困らずやって来られたのも、そういった社会的な期待値のお陰でしたし。

 

 

R1-6 約50社、70名の記者会見で披露できた“強み”

 

古橋:立ち上げの時期に、記者会見をされていましたよね?何名くらい集められたんですか?

 

河瀬さん:今年(2015年)の3 月23日ですね。50社くらい、70名ほどの記者の方々にお集りいただいて。

 

古橋:すごいですね。ベンチャー企業がその規模で記者会見をするというのは、なかなかないと思いますが…

 

河瀬さん:ええ、おかげさまで。IT系、Webメディア、新聞、テレビ。知っているところにはすべてお声がけさせていただいて、結果、ほとんどの皆さまに来ていただきました。

 

IoTの分野というのは、注目度の高さにも関わらず、ものづくりもできて、ソフトの開発もできるベンチャー企業というのがなかったんです。OEMで作るとか、ソフトウェアをやってデバイスは買って…といった企業はあったんですが。

 

僕らの場合は、ソフトウェアはもちろん、筐体の設計からエレクトロニクスやファンに至るまで、全部ここ(自社)でやっているんですよ。工場だけは切り分けていますが、デザインから部品調達までは全部やっています。そういうことができるベンチャー企業って、いままでなかったんです。

 

 

R1-7 Akerunに籠った「ものづくり」の精神

 

河瀬さん:この小さな規模で、どうやって「ものづくり」に取り組んでいくのか。若手メンバーばかりでしたから、じゃあ、リタイアされた方々などにも協力いただこうとか。それによってものづくりのやり方が変わってくるとか。そういった面白い発見もあったので、記者会見についてもその経験を活かして。IoTの切り口からものづくりの切り口まで、さまざまな露出を仕掛けました。それもあって、会見当日までに上手くリレーションが作られていたんじゃないかと思います。

 

古橋:会見の3月23日までに、ご苦労されたことなどありましたか?

 

河瀬さん:「量産の壁」ですね。これは圧倒的でした。例えばプロトタイプを作るのに必要な力を10とするなら、量産には100が必要なんです。

 

古橋:その壁は、どうやってクリアされたんですか?

 

河瀬さん:いろんな壁があったんですが、一番の壁は、ものづくりフィールドのメンバーと、IT側の僕とのコミュニケーションです。

 

結局のところ、テクノロジーについては、必ず日本のどこかに存在する。できないということはないです。ですから、自分の考えているプロダクトを、どれだけスピード感を持って高品質で世に出せるかというところは、コミュニケーションにかかっている。

 

僕自身は、Akerunは3ヶ月くらいで出せると思っていたんですね。ですから「創業して年内には出す」って言っていたんですが、実際に取り組み始めたら「ものづくりをなめるな」と、相手にもされなかった。お叱りのメールを日々いただいて、肩身が狭かったです。ものづくりというのは、素人が入って行けない世界なんじゃないかと感じることもありました。

 

 

R1-8 コミュニケーションで歩み寄り、摺り合わせる

 

河瀬さん:当初は「1年半はかかる」と言われたんですね。それで僕が「コアな部分だけでも出したい」と返す。すると「金型を一度つくったら、それだけで数千万単位のお金がかかる」「じゃあバージョンアップできるようにすればいいんじゃないか」…そういったやり取りを繰り返していったんです。

 

ですからAkerunでは、ファームウェアがアップデートされます。機能としては、単純に錠を回す。あとはメモリが積んであるだけです。どういうロジックで開けるか、どんなタイミングで音が出るか、回転角度はどれくらいか…全部Web上でハードの変更ができるんです。IT側でそういった仕様にしつつ、ものづくりの側のスピードもなるべく上げるというかたちで進めました。その結果、半年ほどで市場に出すことができたんです。

 

やはり、コミュニケーションですね。最初に生じた両者のギャップに対してのコミュニケーションだったり。モーターひとつをとっても、地方まで、モーターやギアをつくっている職人さんに頭を下げに行ったり。普通に中国から買ってもいいんですが、なるべく小さく、トルクを強くしたかったので。そうやって足を使って、工場を回ってというのは、苦労したところです。

 

 

古橋:大変さが伝わってくるお話です。そこで、テーマであるところのモチベーションなんですが…

→モチベーションは、「期待を超える喜び」【後編】へ続く

 

 

株式会社フォトシンス (Photosynth Inc.)
http://photosynth.co.jp/

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