Where is the Motivation?
古橋宙征 モチベーションの旅

意図しない状態こそ、モチベーションの常態【後編】

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Guest

ウェルブレイド株式会社 代表取締役 高尾 恭平さん

 

【前編】はこちら

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高尾:そうですね。そこで初めて、自分の意思で決めたと言うか。そこからはゲーム博士になって、誰かがゲームの事で行き詰まると、実家に電話がかかってきては「ここで進まないんだけど」っていうのに答えてあげて…。あー、話していたら、段々思い出してきました(笑)。

 

古橋:その転機が高校以降、今日にまで影響していると伺っています。

 

高尾:高校では知り合いがいなかったので、そのリーダーキャラを真似したんですよ。ワーワーかき乱して、気弱そうな子やオタクっぽい子も巻き込んで…それが今の自分に繋がってます。それと、高校時代はお弁当だったんですね。「面倒でしょ?」って母親に裏交渉を持ちかけて、日々500円もらって、メロンパン1個買って、あとはゲーセンに行く。っていうのを繰り返してました。

 

古橋:変わってない部分は、変わってないんですね(笑)。その当時は、将来のことなどは考えられていましたか?

 

 

M3-9. 現在の「種」になった大学時代

 

高尾:もう、恥ずかしいほどに考えてなくて。唯一「コンピュータとは何ぞや」という興味があって、情報学部が、トンネルの先の唯一の光だったんですよ。ただ、気づくのがいかんせん遅すぎて。色々と名古屋の大学を受けて、全部落ちた。でも親父が「とにかく大学はいけ」と。まだ二次試験がある大学を受けろということで、中京大学に受かって通うことになるんです。

 

古橋:その大学で学んだことが、また大きかったと。

 

高尾:ええ、色々と今に繋がるんですが。情報学部の中でも認知学科、要は心理学みたいな専攻だったんですけど、そこがドンピシャで楽しくて。2年生までには単位を全部取っちゃうくらい勉強にハマりました。

 

古橋:それが、後の「日本一のセールスプロモーション」の実績や、ひいてはゲーム作りに繋がるということでしょうか。

 

高尾:はい、はい。その前に、アビバで覚えた高速タイピングを活かして、いわゆる出会い系のサクラのバイトで稼いでいたんですが、これはブラックだなあと思って辞めて。次のバイトで、古橋さんという、非常に変わった人とお会いするんです(笑)。

 

古橋:当時、僕がセールスプロモーションの会社にいて、面接も担当していたんでよすね。もう13年前ですね。凄く個性的な人がやってきて。どんな仕事やってたんですかって聞いたら、出会い系のバイトが嫌になって、目も悪くなってきて、でも僕は稼ぎたいんです!と。その素直さを聞いて、はい、もう合格!って。

 

高尾:それで僕の面接なのに、古橋さんが自分の人生の話を延々と語り出したんです。凄い怪しい人だなって思いましたよ。今もですけど(笑)。

 

古橋:そうでしたか(笑)。

 

 

M3-10. 商材を日本一売り上げた「根拠のない自信」

 

高尾:不思議な会社だな、楽しそうだなと。でも研修という研修がなくて、突然「来週ヤマダ電気でmp3プレイヤー売る人になってきて」って言われて。いやー、アレは恨みましたね。

 

それで当日、売り場のおじさんに「大変申し訳ないんですけど、何にもわかんないですよ」って言ったら「大きな声で『いらっしゃいませ!』って言っときな。お客さん何か聞いてきたら声かけて」って。それで2、3台売れたんですよ。ああ、そういうもんなんだと。そこからは商材がなんでも大丈夫でした。

 

古橋:オリンパスのデジタルカメラを、全国一売ったんですよね。

 

高尾:そうそう。自分だけで売ると限界があるので、フロアの社員の方々を全員抱き込んで、「僕の売り上げは全部あなたが売ったことにしていいから、これ売ってきて」という作戦を展開して。気付いたらヤマダ電気岐阜店が、超絶にオリンパスを売る店になっていた。商品の説明はできてないのに。それも含めて「自分は売れる」という、根拠のない自信ができました。

 

古橋:その「根拠のない自信」は、どこから来ていたんでしょう?

 

高尾:実績ですかね。メーカーの方もヤマダ電機の方もいるのに、自分が一番売ったっていう。解明できていないけど、自分には何かあるぞっていう感じです。

 

結論は「運がいい」「ご縁に恵まれている」ということにしているんですが、僕のこれまでというのは常に、意図していないところから、次に繋がる。それが本当に、直近まで続いているなあと思っています。バイトも、就職もそうだし。唯一コンピュータ学校くらいかな、自分で決めたのは。後はその時その時で、いい方向に船を乗り換えながら。何にも賢いことを考えてやってきていないっていうのが、今後の不安なんですけど(笑)。

 

 

M3-11. IT業界に入ったら、ゲームを作ることに?

 

古橋:ということは、就職にも、運やご縁が働いたと。

 

高尾:まずですね、就職するという現実を知るのが遅くて。ようやく4年生になってやりたいことを考えたんですが、やはりゲームを作りたい。それでゲーム会社の新卒募集を片っ端から見たら、全っ部、終わってたんです。遅すぎて(笑)。

 

これは詰んだかなと思ったんですけど、ちょうどホリエモンの話題だとか、ITが騒がれ始めていたんです。それで「ITってコンピュータだし、ゲームっぽいよね」くらいの感じで、サイバーエージェントやグループ会社を幾つか受けて。ECナビに内定を頂いて、IT業界に入ったんです。

 

古橋:そのタイミングで、名古屋から上京されたんですよね。それはまたなぜでしょう?

 

高尾:理由は仕事じゃなくて、ゲームです。新しいゲームが出る時、ロケテストっていうのがあるんですよ。特定の場所でいち早く体験できる。その場所が東京にはあって、大阪にもあって、名古屋にはない。なんたることかと。それで真っ先に「東京の会社」ってセグメント切って。ECナビの社長面接では、古橋さんのところでのバイトの経験を散々吹かしながら「なんでも売ります!」って言ってたわけです(笑)。

 

古橋:それで就職が決まったと。バイトでなく、実際に社会で働いてみて、いかがでしたか?

 

高尾:どうだったかなあ…同僚が思った以上にガツガツしてて、焦りましたね。「俺は3年後には会社をやめて起業する」とかね。自分はそういうのが全くなかったですから。

 

ECナビでは最初の1〜2年は営業、3年目くらいに新規開拓ビジネスをやって、結果を出せて。そのタイミングで、ソーシャルゲームのプラットフォームがオープン化されたんです。それで「ウチでもゲームやる?」って話になって、「やりますやります!」って手をあげました。

 

 

M3-12. 見よう見まねのゲーム作り

 

高尾:「そういえば高尾、前々からゲームって言ってたね、やってみる?」って感じになりまして。いきなりゲーム作る人になったんですよ。なんの経験もなく。

 

古橋:いよいよゲーム作りに踏み出すと。ご縁といい、度胸といい、凄いですね。

 

高尾:もう「俺以外に誰がやるんだ!」くらいの勢いで言ってた気がしますね。いやー、作れるもんなんですね、何にもわかんないのに(笑)。

 

古橋:ずーっとゲームやってたからでしょうか?

 

高尾:どうなんでしょう。今でも僕、プログラムとか全然書けないですよ。とにかく見よう見まねで、企画書とか、仕様書とか、こういうもんなんだって書いて。ゲームができあがって、実際に世に出た。

 

それがですね、もう全っ然!売れなかったんですよ。ビックリするくらい。で、お前はもうダメだ、営業に戻りなさいという話になったので、「辞めます」と。

 

古橋:そこで前職に移られるんですね。

 

高尾:シンフォニーっていう会社で、現エニッシュの前身ですね。もう、超フランクな、ザ・ベンチャーみたいな感じだったので、うわー面白そうって。ここで晴れて、まあソーシャルゲームですけど、「ゲーム会社の人」になった。

 

古橋:何年くらい前ですか?

 

高尾:5〜6年前ですかね?2011年とか、それくらい。企画兼、チームをまとめるディレクター職で採用されて。元々あるゲームを運営したり、新しいゲームを、過去の反省を活かして幾つか作って、売り上げを出したりしていました。

 

当時、創業者が二人いらっしゃったんですが、なぜとても気に入って頂いて。何度となくお昼をご馳走になって、無茶ぶりも含めて仕事をどんどん振ってくれて。「あいつはノーと言わないから」みたいな感じで。

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M3-13.「ノー」と言わずに韓国へ

 

古橋:高尾さん、ノーって言わないですよね。

 

高尾:はい、今でもあまり言わないかもしれないです。それで1〜2年間は土日も全部働き、複数本のタイトルを見るようになっていって。企画部が出来たら、その部長をやらせてもらって。3年くらいソーシャルゲームを作ってましたね。

 

そこでソーシャルゲーム界隈が海外に目を向け出して、ウチも遅れをとるなということで、中国とタイと韓国に支社を作ったんですよ。それで僕、作ってたゲーム絡みでよく韓国に行ってたものですから、急に「韓国の社長やってよ」って言われて。ええーっ!?住むんですか?って(笑)。

 

古橋:でも、キャリアパス的に考えれば、マザーズに行って、東証二部に行って一部に行って、一部上場企業の韓国代表の社長ですから、凄いですよね。

 

高尾:言われてみれば、そうですね。それ自体はありがたき幸せなんですけど…住むんですよ?韓国語、全然しゃべれないし。でもその人を信じて付いてきたので、それもいい経験だろう、二度とないだろうと。

 

古橋:二つ返事で。

 

高尾:10秒くらいですよ。

 

古橋:早いですよね、いつも。絶対ノーと言わない。

 

高尾:早いんですよ。もうちょっと考えとけばよかったなとか思いますけど。それで代表やらせてもらうことになって、引越しして、日本の住所がなくなり、韓国で1年半。まあ、大変でした。

 

 

M3-14. モチベーションのダウンと、新しい目標

 

高尾:それがいざ、日本本社に帰ってみたら…全然違う会社というか。空気が違う。知っていた人たちも全然いなくなっている。韓国でさして成果を上げられなかったとはいえ、窓際族みたいにされて。この空気はなんだろう?みたいな。

 

それと併行して、起業の話とか、新しいことをやりたいねという話が盛り上がってきて。会社への熱が冷め、自分のやりたいことの熱が上がり、一番距離が離れたタイミングがありまして。その時に、糸がプツンと切れたように「辞めよう」と。そこからの、モチベーションの無さったらなかったです。

 

自分の「これをやろう」が見つかった時に、それに向かって少なからず前進はしているという実感がないと、途端にやる気がなくなるんですよ。少しでもそこに向けてステップを踏んでいれば「まあまあ、これも何かの役に立つかな」と思えるんですが。

 

古橋:それが去年のことですよね。

 

高尾:去年の末、2015年の11月あたりですね。ここまでは就職の時間軸で話していたんですけど、一旦、7年前ほど前に遡らせてください。

 

 

M3-15. 見知らぬ「対戦相手」から「起業仲間」へ

 

高尾:その頃『ストリートファイターIV』が出たんですよ。僕はそのゲームに、仕事以外の全ての時間を捧げていて。営業やってる頃は「よし、今日は一件成約とれたからゲーセン行ってやろう」みたいな感じで。10時〜13時は仕事、14時〜19時でゲーセン行って、会社戻って「1件取れました!」って言って、それからまたゲーセン行って…

 

古橋:本当に変わってないですね(笑)。

 

高尾:そこから繋がった友達って多いんですよ。毎日いると、同じく毎日いる奴がわかってくる。するとある瞬間に、一体感が生まれたりする。それでも1年くらいの間はしゃべらないんですね、不思議なことに。ゲームにはプレイヤーネームを保存できるので、「あ、またこいつか」「こいつか」という感じで、僕の中で因縁と言いますか、ドラマが生まれてくるんです。その人が出てくると「絶対倒す!」とか「今日は許さん!」みたいに勝手に自分の中で盛り上がってて。

 

それでたまたま、そういう人と二人だったことがあって、2〜30戦やり続けたんです。もう、お互い疲弊しまして。ボクサーが15ラウンド殴り合った時に抱き合う、みたいな感じで(笑)。その時初めて「いやー、うまいっすねえ」って話しかけるときの、その友情たるや…!そこから凄く仲良くなるっていう出会いが、幾つかあったんですね。その中の一人が、一緒に起業した谷田なんですよ。

 

古橋:おおー!

 

高尾:「何やってるの?」って話になって、あ、同業じゃん、ゲーム楽しいよねえ、って飲みに行ったりご飯食べたりして、「俺たちの好きなこの格闘ゲームでいつかお金が稼げるいいよね」って、半年に一度くらい情報交換していたんです。

 

それでようやく近年、「e-Sports」ってワードが出てきたりしたので、需要あるかもねって相談をして、二人とも会社を辞め、人を集めて、起業にいたったわけです。あ、そうだ。もう一個だけ挟んでいいですか?冒頭でちょっとお話しした、ゲームの世界大会での話なんですが。

 

古橋:ぜひ聞かせてください。

 

 

M3-16. 格闘ゲーム世界大会“Evolution”にて

 

高尾:さっき言った、殴り合った後に友情が生まれるって話の中で、また一人、渋谷で出会った奴がいて。一昨年(2014年)にラスヴェガスで開催された “Evolution Championship Series” というゲームの世界大会に一緒に行こうと。プロならともかく、素人で行くっていうのはあんまりないんですけど。

 

その経由地の、シアトル空港での話です。僕らは3時間待ちだったので、飛行機からゆっくり降りて入国審査に並んでたら、あと15分で次の便が出ちゃうって急いでる女性がいて。「どこ行くんですか?」「カナダです」「僕らゆっくりなんでお先にどうぞ」って。結局1組分しか譲れないわけですけど(笑)先に行ってもらって。

 

それで僕らも進んでったら、「やっぱり乗り遅れちゃいました、次の便になっちゃって」と。「そうなんですか、残念ですね」ってその場は別れたんですけど。でも僕、旅行ハイになってて、一夏の想い出を作りに行くかと思い立って、彼女を探しに行ったわけですよ、友達と。

 

でもですね、シアトル空港がめちゃくちゃデカイ。カナダ行きのターミナルまで電車に乗るんですよ。え?空港なのに?みたいな(笑)。いやでも行くでしょ、3時間もあるしって出かけて。1時間くらいかけて見つけたんです。

 

古橋:見つけたんですか!?

 

高尾:それでご飯食べて、連絡先交換して、その後にお付き合いすることになって。その4か月後にプロポーズして、先頃、結婚したんです。

 

古橋:…凄いですね!しかも、ゲームの世界大会に向かう途中のシアトル空港で。

 

高尾:はい、だから僕、ゲームのTシャツ着てて。キャリーバッグの中にゲームのコントローラーしか入ってなかったっていう(笑)。

 

だから、ゲームって凄いでしょ?って思います。僕自身は、そういうドラマというかストーリーに色々と恵まれているし、感謝もしているんですね。そういうゲームを作り出してくれた人たちに。

 

古橋:ここで繋がるわけですね。

 

高尾:そうそう(笑)。例えば、あるゲームがドラマを生み、感動を生み出す。この時点で僕はもうスポーツだなって思うんですけど、そういうところも踏まえてe-Sportsっていうジャンルをもっと盛り上げたら、幸せになる人がもっと一杯いるんじゃないかって、起業したもう一人と話しているんです。

 

古橋:なるほど。e-Sportsっていうのは、どこの国の発祥で、どんなものなんですか?

 

 

M3-17. e-Sports、そして犬飼さんとの出会い

 

高尾:諸説あって、正確なところはわからないんですけど。意外と海外では言われていないっていう説とか。僕は、韓国とアメリカが盛んじゃないかと思います。言葉としてバズってるのは日本かもしれない。「なんかこれ儲かるんじゃないの」って騒がれている感じ。

 

日本で最初に言葉を定義して使ったのは、犬飼博士(ひろし)という方で、e-Sportsプロデューサーという形で活動されていて、Wikipediaにも載っています。…あ、その方の話もしたいな。実に不思議なご縁があるんですよ。僕はその方と、ゲームを作っていない頃から知り合っているんです。

 

古橋:え!?高尾さん、本当にご縁に恵まれる方ですね。いつ頃のことですか?

 

高尾:社会人1〜2年目ですかね。まず、僕が高一の時、日永さんという教育実習生がいらっしゃって。当時一緒にゲーセンで遊んでくれたり、以来ずっとお付き合いが続いている、恩師のような方なんですけど。今はLAXという服屋の社長さんですが、その方が「お前はゲームの仕事をすると思ってた」と、ずっと言ってくださるんです。

 

その日永さんもまた、ゲームで殴り合った後に友情を培うタイプの人で、ゲーセンで犬飼さんとお知り合いになった。それでおそらく思うところあって、僕と引き合わせてくださったんです。僕がまだ社会人1年目の頃です。

 

犬飼さんからそこで「e-Sportsとはなんぞや」的なお話をいただいたんですけど。それこそ、e-Sportsという言葉が世に出る10年位も前なわけですよ。もう宇宙みたいな話で、全然わからない。そこで「自分はゲーム作りたいんです」って言ったら、「作っちゃえば良いんだよ」と言われたんですね。それが後押しになって「よくわかんないけど作ってみる」という原動力に繋がった。大きい影響を受けました。

 

犬飼さんが2年前に作られたのが『スポーツタイムマシン』です。50mくらいある機械を走ると、その姿が記録される。その記録は映像として映し出される。例えば「過去の自と競う」とか、「20年後に、子供がその父親と走る」とか。「動物と競う」とか。そういう、一風変わったことをされているんですね。

 

僕が出会った頃に犬飼さんが仰っていたe-Sportsの世界に、僕が起業してようやく近づいたかな?と思うと、犬養さんがもっとずっと先に行っている。日永さんは名古屋にいらっしゃって、東京に来るたびに連絡をくださる。そしてそもそも、僕がその高校でなければ、日永さんや犬飼さんとの出会いもなかったわけです。

 

(しばし無言)う〜ん、そうだ、やっぱりそうですね。古橋さんもそうですけど、気づけば色々な方に「気になっていただいて」、そのお陰で自分がうまく保てているところがあると、強く思います。ご縁のお話、もう一個いいですか?

 

古橋:うわ!

 

高尾:これもかなり凄い話で。

 

 

M3-18. 世界のiDragon(アイ・ドラゴン)が、実は…

 

高尾:『ハースストーン』という、いわばトレーディングゲームのPC/スマホ版があります。世界でもかなり流行っていて、格ゲーと並行してやるならこれだなと、ずーっとやりこんできたんです。幾つか有名サイトも立ち上がっているので、その人たちと仕事がしたくて、コンタクトを取ろうと思っていた。そして今年(2016年)の新年、メーカー主催の「ハースストーン新年会」に招待されたんですが…

 

会場で友達に「iDragon(アイ・ドラゴン)さんにはもう会った?」って聞かれて。その「iDragon」ていうハンドルネームの方は『ハースストーン』界の有名人で、僕は動向を追ってたんですよ。彼のメールマガジンは1万1,000人のプレイヤーが読む、モンスター級メディアです。味方に付けたいと思っていたその人に、友達が紹介してくれて。そしたら「あれ?どこかお会いしましたよね!?」って言われて。

 

確かに、会ったことがある。でもここ数年のレベルじゃないんですよ。で…ピーンと来て。あの、バイトしてた時の。ヤマダ電気岐阜店の社員の方だったんですよ。凄く仲が良くて、仕事帰りに二人でよくゲーセン行ってた方で(笑)。

 

それ思い出して、「うわ、ちょっと待って!」「岐阜…ですよね?」「マジで?」「そんなことあるの!?」ってもう、二人でバカ笑いして。一気に距離が縮まって。一緒になんかやろうよって、今、企画を準備しているところです。

 

そんな具合に過去、何気なしにやってきたことが色々と繋がってきて、本当に理屈じゃ説明できないんで…もう「すべてに感謝」と言いますか、そういう状態です。

 

古橋:でも、その繋がりを見つけられるか、そこに乗れるかというのは、やはり御本人次第というところが大きいのかなと思います。

 

 

M3-19. モチベーションという言葉は存在しない

 

古橋:なかなか凄いお話をお伺いしてきましたけれども。そんな高尾さんにとって、モチベーションとは、どのようなものでしょうか?

 

高尾:難しいんですけど…極論を言えば僕は「モチベーション」という言葉は存在しないものだと思っているんです。例えば「モチベーションないわー」とか言うじゃないですか。甘えるなと。モチベーションという言葉が、そもそも良くないなと思ってるんですが。ただ、そんな僕でもやる気がなくなった時がありまして。じゃあこれ、モチベーションのせいかな?とか思ったりするんですが(笑)。

 

シンプルに言うと、なりたい像や、実現したい未来に対して進む力。それそのものがモチベーションなのかなと思います。ですからいわゆる自己啓発系の類は、自分には効果がなくて。思っている方向に進んでいればモチベーションは続くし、そうでなければ、まったくなくなってしまう。…答えになってますか?

 

古橋:はい、その人の数だけ、答えの数がありますから。今のお答えは大変興味深いです。お話の全体からは、本当にゲームがお好きなんだということが伝わってきますが、ある意味ゲームに関しては、それを子供の頃からずーっと今まで、続けていらっしゃるということですよね。

 

高尾:そうですね、大人になって気持ちをコントロールできるようになっちゃったので、昔みたいにゲームゲームゲーム!ではなくなったんですが、他のことやってと言われるのと、ゲームのレベル上げてって言われるのでは、明らかにゲームのレベルを上げ続けることに向いている身体にはなっているんですよ(笑)。好きだから。

 

古橋:なるほど、おもしろいですね。ゲーム好きじゃない人って、結局、ゲーム下手ですからね。高尾さんのモチベーションのお話に絡めて考えると、そういうことになるでしょうか。

 

高尾:やりたいことが生まれて、それに対して遠回りしているなと思った瞬間に、その障害をなるべく消していこうと。最短距離でなくてもいいんですよ。僕、そんな強い人間じゃないんで。こういう行き方、ああいう行き方があっていい。人の力を借りてもいい。ただ、今日お話ししたようなことに気付くのには、結構時間がかかりました。

 

古橋:それはいつ頃のことですか?

 

高尾:2〜3年前、例のラスヴェガスのゲーム大会に行った時ですかね。こんなにみんな盛り上がっているというのを見て、自分が好きなのはゲーム自体を作ることではなくて、「ゲームで熱狂している人たちがいる場」を作ることなんじゃないか?ということに気づいて。そこからは、モチベーションの持ち方が早かったです。逆に言うと当時の仕事との乖離が大きくて、心中、やる気がなくなってしまった、という事実がありました。

 

だからモチベーションという言葉は、僕の中にはポジティブには存在していないです。「なくなった」時に初めて存在に気づくくらい。だから「モチベーション上がるわー!」っていうのは、正直ないです(笑)。何も文句がない時というのは、一般的には「モチベーションがある時」と定義されるのかもしれないですね。…変わった答えですかね?

 

古橋:いえ、お話との一貫性を強く感じます。

 

高尾:話していたら、気持ちよくなってしまって。久々に色々なものが自分の中で整理されました、はい。

 

古橋:お伺いしているこちらも、パズルのピースがはまるように理解・整理できました。この対談自体が、ある種のゲームだったのかもしれないなと思います。本日は貴重なお時間、どうもありがとうございました。

 

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